Hannah Matthews著「You or Someone You Love: Reflections from an Abortion Doula」

You or Someone You Love

Hannah Matthews著「You or Someone You Love: Reflections from an Abortion Doula

妊娠中絶を含めたリプロダクティヴ・ヘルスのクリニックで勤務するとともに、ボランティアとして中絶を選んだ人たちに寄り添い支援するドゥーラとしての活動をしてきた著者が、自身の中絶経験や仕事やボランティア活動で見聞きしてきたことやリプロダクティヴ・ジャスティスの運動に関わる人たちに話を聞くなどしてまとめた本。単純な政治的スローガンに回収されるのではなく、個々の女性やその他の妊娠を経験している人たちに寄り添い、かれらがどのようなジェンダーやセクシュアリティや障害のある身体を、そしてどういう文化や信仰を生き、喜びや悲しみを経験しているのか綴っている。

ドゥーラとはもともと、出産する人たちを支え、支援する仕事のこと。古くからさまざまな文化にある存在だけれど、西洋医学が専門化・男性権威化したことによりその地位を追いやられたが、医療格差のため専門医療を受ける機会の少ない先住民や黒人のコミュニティではより受け継げられている。医療職としての助産師と違い、医療従事者ではなくあくまで出産する人に寄り添い相談相手になったり身の回りのことを手助けするのがその役割で、出産前・出産後のドゥーラに加えて最近では死や妊娠中絶など人生におけるさまざまな転機において当事者の近くに寄り添うドゥーラの役割が注目されている。著者は普段からクリニックで働いているのだけれど、そこではあくまで医者をトップとした組織の一員として指示に従っているだけであるのに対し、ドゥーラとして活動しているあいだは本当の意味で支援している相手を中心に据えた活動ができるとしている。

2022年に最高裁が妊娠中絶の権利を保障した判例を破棄し多数の州で既に成立していた妊娠中絶を厳しく制限する法律が実施されると、多くのクリニックではすでにその週に予定されていた中絶の予約がキャンセルされただけでなく、多くのクリニックが閉鎖に追い込まれた。それらは多くの地域において妊娠中絶だけでなく避妊や出産を含めたあらゆるリプロダクティヴ・ヘルスのサービスを提供する唯一のクリニックであることも多く、閉鎖によって苦しんだのは妊娠中絶を求めていた人たちだけではない。また閉鎖を逃れたクリニックにはクリニックを失った州からの患者が殺到し、地元の患者のためのキャパシティを圧迫した。

妊娠中絶に反対する立場の人たちは自分たちのことを「プロライフ」と称するが、実際にはかれらは妊娠している人はもちろん胎児や生まれた子どもの命を不必要に脅かすような政策を支持している。著者がインタビューした人の一人は、保守的な家庭で育って大学では「プロライフ」の学生団体に所属したが、ある日「プロチョイス」(妊娠中絶の権利支持)のイベントにその団体の一員として乱入した際、「プロライフとプロチョイスは協力して避妊を進めて望まない妊娠を減らすべきでは」と発言したところプロライフの仲間たちから「避妊も中絶と同じく非倫理的だ」と叩かれ、かれらが守っているのが命ではなく性規範やジェンダー制度であることに気づいたとか。また妊娠中絶を選ぶ人にはカトリックなど保守的な宗派の敬虔な信者の女性も多いが、彼女たちは避妊は罪である、夫の権威には従わなければいけない、と教えられそれに従った結果望まない妊娠をして追い込まれたりも。

著者はシス男性と結婚しているバイセクシュアルの白人女性で、ボランティアとして中絶ドゥーラの活動ができる(だから仕事として指示を受けるのではなく妊娠している人に本当に寄り添うこともできる)ことからも分かるようにある程度特権のある立場であることを自覚しており、だから黒人女性でリプロダクティヴ・ジャスティス運動の創始者の一人とされるロレッタ・ロスさんをはじめ、たくさんの非白人やその他のマイノリティの人たちにインタビューし、かれらの活動や主張を丁寧に紹介している。たとえば望まない妊娠を経験したノンバイナリーやトランス男性についての記述ではトランス自認のドゥーラの活動を紹介しているし、妊娠中絶が厳しく制限されてしまったテキサス州で中絶を希望する人たちを支援する活動をしているセックスワーカーたちの団体にもインタビューしている。

ところで著者はソーシャルメディアで反中絶派の政治家に晒し上げられて拡散されるなどして多数の脅しや誹謗中傷を受けているのだけれど、その中で一番ひどかったのは、彼女が自分の意見を書いたときではなく、妊娠を中絶した当時すでに自分が幼い子どもを育ててもう一人の子どもを育てる余裕がなかったことについて書いたとき。「あなたの子どもは自分の母親が殺人者だと知っているのか」と言われたり、「一人の子どもを殺した子どもはもう一人の子どももいつ殺すかわからない、危険だから彼女のもとから子どもを救い出せ!」と騒がれるなどした。ひどすぎ。