Greg Marshall著「Leg: The Story of a Limb and the Boy Who Grew from It」

Leg

Greg Marshall著「Leg: The Story of a Limb and the Boy Who Grew from It

「脚から育った男の子の話」という不思議なタイトルだけど、脳性麻痺を持って生まれユタ州ソルトレイクシティで育ったゲイ男性の自叙伝。

父親は地方新聞のオーナーで、母親はその新聞の名物コラムニスト。両親が新聞社を売却するまで、自身の癌との闘いとポジティヴな姿勢でそれに打ち勝つ様子をコラムに書いて人気の母親は、足を引きずるようにして歩く息子についても社会的偏見を持たれている脳性麻痺の診断があることは本人にも隠して「腱が硬い」と嘘の説明をしつつ、紙面では理想の息子であるようにいろいろ粉飾して読者に向けて書いていた。幼いながらも「腱が硬い」という説明に納得がいかない著者は何度か親を問いただすも、その度に疑問を打ち切られる。こうして著者のなかで、体の状態についての疑問と男性に向けられた性的な感情がともに「口に出してはいけないこと」として結びつき、恥の意識とともに周囲から隠して生きることが当たり前になる。

著者が育ったソルトレイクシティはほかの土地で迫害されたモルモン教徒が建設した都市で、いまでもモルモン教の影響が強い。著者の家族はモルモン教徒ではなかったものの、性的に保守的な空気が強いなか、著者の周囲の男の子たちの性の目覚めがかなり特殊で、著者の兄が家にあったマッサージ機をペニスに当てると気持ちがいいことを偶然発見し周囲に教えた結果、男の子たちが連日著者の自宅の地下室に集まって順番でマッサージ機を使い回したという。思春期の男の子やばいあと一歩でハッテン場じゃん… その輪に加わった著者はペニスだけでなくお尻に挿入するように当てても気持ちがいいことを発見し、兄に伝えるも「自分はペニスがいい」と同意してもらえなかった、という逸話なんて出来すぎていて、どこまで本当なのか疑ってしまうけど、逆にそんな逸話を想像で思いつくかという気もする。

保守的な地域なので当然ゲイやレズビアンの存在はほぼ可視化されておらず、メディアで言及されるのはAIDSにかかって亡くなるゲイたちだけ。学校でも性教育はほとんどなかったけど、一人だけHIV/AIDSについて子どもたちに教えることに熱心な教師がいて、職を賭してその危険性やコンドームの有用性を教えるとともに、実際のAIDS患者を招いて生徒たちに話をさせた。しかし自分が同性愛者であることを自覚しつつあった著者は、まだ一度も他人とのセックスをしたことがないにも関わらず同性愛者である自分はHIVに感染しているのではないかという恐怖を抱く。

2004年の大統領選挙で再選を目指すブッシュ大統領と共和党は各州で同性婚を禁止する憲法改正の住民投票を推進する。ユタ州ではもちろん同性婚は既に禁止されていたし、クリントン大統領が署名した「結婚防衛法」によって仮に他州で同性婚が合法化されたとしてもユタ州には影響は及ばないことになっていたのだけれど、共和党は同性婚禁止を住民投票にかけることで宗教右派の投票率が上がり、かれらの票によって共和党が有利になると計算していた。結果は実際その通りになってブッシュは再選されたのだけれど、著者はその選挙をきっかけにゲイとしてカミングアウトし、憲法改正に反対する団体でボランティアをする。

著者が脳性麻痺の診断を知るのはそれよりあと、大学に入って健康保険に加入しようとした時。それでも脳性麻痺という診断に対する社会的スティグマを気にして、障害があることは隠してマッチングアプリで男性を探す。障害があることを書かずにマッチした相手と会うと足を引きずっていることに気づかれて質問されたり気まずい雰囲気になることがあるけれど、障害を明記したらそもそも会うところまで行けないので妥当といえば妥当。そうした態度は、筋萎縮性側索硬化症にかかった父親を介護したり、障害を含めて受け入れてくれる相手を見つけるなどの経験を経て徐々に変わっていく。

ここで書いた以外にも、著者が子どものころミュージカル俳優に憧れたが「障害に負けず頑張るインスピレーショナルな子ども」枠で扱われることの不満や、ボランティアしていたときに妙にコミュニティに近すぎるストレートのアライの女性がいるなと思ったらパートナーがトランス男性だけどトランスであることを隠して生活しているから彼女が完全な異性愛女性を演じなければいけないことを知った話(ちなみにこの男性は頭が禿げ贅肉もついているらしく、「どうしてせっかく男性になったのにカッコよく見せようとしないのか?わざわざ男性の一番醜い状態になるのが理解できない」というルッキズム的な疑問を抱いた著者は「それはゲイ男性の発想だろ、かれはカッコ良く見せたいんじゃなくて自分でいたいんだ」と諭される)、父が亡くなったあと母が女性と付き合いだしてニューヨークで第二の人生をはじめた話など、おもしろい話がたくさん。最後はハッピーエンド。マッサージ機のあたりでもわかるとおり性的な話題についての描写も多く、かれの人生のなかで障害とセクシュアリティがどのようにしてタブーとなり、どう取り戻していったのか、興味深い本だった。