Ellen Jovin著「Rebel With A Clause: Tales and Tips from a Roving Grammarian」

Rebel With A Clause

Ellen Jovin著「Rebel With A Clause: Tales and Tips from a Roving Grammarian

2018年にニューヨークの自分が住んでいるアパートの外で「文法の相談受け付けます」と掲げたテーブルを設置して以来、米国各地をめぐって同様の活動を続けている英文法オタクな著者の本。コロナでしばらく中断してしまったけど、あと数州で全50州制覇らしい。わたし自身英文法オタクの一人なので、なにその楽しい活動!って思いながら楽しく読んだ。

本書は彼女が各地で文法相談テーブルを通して出会った老若男女さまざまな人との会話を紹介しつつ、話題となった文法のルールについて解説していく展開。文法オタクが最も熱心に語れるトピック・オックスフォードコンマ(知らない人は「ストリッパー JFK スターリン」で検索したら熱心に語ってる人が見つかるはず)の議論からはじまり、アメリカ人になぜか多いyourとyou’reの混同みたいな話題から複雑な文法のルールやその起源などもいいけど、子どもからお年寄りまでさまざまな人たちとのやり取りが面白くて多くの章がくすっと笑える話で終わっているのも楽しい。ちなみに著者に同行して彼女の活動を撮影していた夫はいまその映像を使ったドキュメンタリを製作中だとか。

こういう知的な相談テーブルみたいなのほかにもあって、シアトルのファーマーズマーケットでは「数学についての疑問に答えます」というテーブルを本当に数学に詳しいっぽい人がやっていて、ときどきまた別の詳しい人が立ち寄ってお互いすごくややこしい議論をしているので横で見ているの好き。別のところで哲学の話をしましょう、というのも見かけたことあるけど、なんか強烈な主張がありそうで怖いし近寄りがたい。わたしがやるとしたらフェミニズム理論のテーブルとかだけど、変な人が寄ってきそうなのでできないな… 文法のテーブルでも、そんなに知識はないのに自分は文法に詳しいんだと思いこんで他人の言葉遣いにあれこれ文句をつける(「タコoctopusの複数形はoctopiだ!」という間違った知識でoctopusesと言った人をバカにする、など)のが好きな人が来るらしい(そういう人たちを揶揄した「Grammar Snobs Are Great Big Meanies」というタイトルの本も出ていて、わたしはそれを読んで「ああ、こうはならないようにしよう」と改めて思った)。

各地で著者のテーブルに立ち寄った人が言ってくることにはパターンがあるのだけど、そのなかで気になったの「三人称単数のtheyが許せない」という人たち。三人称単数のtheyについては、性別が不明な第三者について話すとき、むかしはデフォルトでheと呼んでいいことになってたけど最近では男女平等の観点からhe or sheとかs/heと表記するようになり、いちいちそう書くのは面倒くさいからtheyにしちゃえ、となっていること、そして男性とも女性とも自認しない人がheでもsheでもなくtheyと呼んでほしいと希望しているということを受けて、集団でなく単数でもtheyと表記することが増えている。そうした変化を好まない人たちが、theyを単数で使うことは文法を乱すことだとして批判しているのだけれど、著者はそれに対して「三人称単数のtheyは昔からあり、有名な文芸作品にも使われている」という歴史的事実を説明はするのだけれど、かれらの批判が性差別やトランスフォビアやジェンダーバイナリズムに基づいている可能性については、かれらに直接言わないのはもちろん、本書でも言及していない。その場で喧嘩しろとまでは言わないけど、本の中でははっきりそう書いてほしかったなあと思った。