David Rothkopf著「American Resistance: The Inside Story of How the Deep State Saved the Nation」

American Resistance

David Rothkopf著「American Resistance: The Inside Story of How the Deep State Saved the Nation

「ディープステート」と言えば、選挙で選ばれた正当な政府を影から支配している「闇の政府」としてQアノンなど陰謀論を信じるトランプ支持者たちから敵として名指しされているものだけれど、この本はその「ディープステート」こそがアメリカを救った、という本。もちろん著者がディープステートという言葉をタイトルに使ったのは冗談であって、トランプやその側近らによる違法な、あるいは国益を明らかに害する衝動的な行動を、政権の内部の人たちが、どのようにして法律や大統領の権限に従いつつ遅らせたり妨害して最悪の事態を回避したか、という内容。トランプの熱狂的な支持者から見れば、まさに政権内の抵抗勢力によって大統領の方針がないがしろにされた証拠だけれども、その大統領の方針というのが正当な選挙結果を覆して大統領の地位にしがみつこうとするなど違法行為や違憲行為だったのだから、わたしたちはディープステート()にもっと感謝しなければいけない、と著者は言う。

本書で取り上げてられている政権内の抵抗勢力には、トランプ自身が選んだ閣僚からキャリア官僚までさまざまな地位の人たちが含まれている。その多くは共和党員であり、はじめからトランプに反対していたわけではないし、ある程度まではトランプのさまざまな問題行為に加担してしまった人もたくさんいる。たとえば「ムスリム移民の入国禁止」という選挙公約を実現しようと大統領就任直後にトランプが出した大統領令は、どう見ても宗教差別であり違憲であるばかりか、「何の前情報もなく突然実施することでアメリカに向かっている途中のテロリストを捕まえることができる」として国土安全保障省や国務省など関係省庁との情報共有もなくいきなり発表・実施され、大混乱を巻き起こしたけれども、ニールセン国土安全保障長官をはじめとする閣僚・官僚たちは、ムスリム移民禁止だけでなく「中南米からの移民は全面禁止」だとか「移民は北欧からだけでいい」など思いつきで無茶苦茶な指示を出す大統領を必死で説得し、憲法に沿ったかたちに大統領令を変更させた。またトランプは、メキシコ国内をアメリカ国境に向かって移動中の中米難民を爆撃しろとか、国境を超えてくる難民の足を撃て、国境の壁の前に堀を作ってその中に毒蛇やワニを飼えと冗談ではなく本気で指示を出したが、そうした指示に対しても「壁のすぐ横に堀を掘ると壁が倒れてきます」など説得したという。いやそりゃご苦労さまでした、とは思うけれども、「大統領の違法な指示にはそのまま従えないけれども、大統領がやろうとしていることを合法的に実現する方法を考える」というアプローチでかれらが抵抗した結果、最終的に入国禁止令は憲法に違反しないかたちで実現したし、壁も一部は作られたのだから、ニールセンのおかげで最悪の事態にはならなかった、感謝しよう、とは思えない。壁の前に堀を作って壁が倒れてきたほうが良かった気もする。

移民規制をめぐるゴタゴタと並んで本書が注目するのは、トランプの二度の弾劾に繋がった2つの行動、すなわちウクライナに対して軍事支援をエサにしてバイデン元副大統領の息子に対する捜査を強要しようとした行為と、2020年の選挙結果を覆そうとする行為に対する政権内からの抵抗だ。前者においては解任されたマリー・ヨヴァノヴィッチ元駐ウクライナ大使をはじめとするキャリア外交官やセキュリティ専門化たちが議会で証言し大統領による権力濫用を明らかにしたし、後者では共和党員を含む各地の州政府高官や裁判官らがトランプの試みを否定したほか、それまでずっとトランプに寄り添ってきたペンス副大統領らも大統領の指示に従うことを拒否した。後者については特に、ペンスがあのときトランプに従っていれば選挙結果は撤回されバイデンが就任できなかった恐れもあったのは事実だけれども、ペンスをはじめとする共和党指導者たちがそうなるまでにトランプを増長させたことを考えるとさすがにペンスありがとうとは思えない。

Why We Did It: A Travelogue from the Republican Road to Hell」では共和党の戦略家だったTim Millerは本来はまともな保守だったのにいつの間にかトランプの常軌を逸した行動に追従してしまったかつての同僚たちについて、個人的な損得のほかにも、自分が政権内に踏みとどまらなければトランプはもっと酷いことをしてしまう、という自己欺瞞を抱いている人が多くいた、と欠いている。またMax H. Bazerman著「Complicit: How We Enable the Unethical and How to Stop」はトランプのような逸脱行為を起こす人は自分自身だけではそのようなことを実行することはできず、それを見て見ぬ振りするなどして支える人たちの存在が不可欠だと指摘する。たまたまその場にいてトランプの逸脱を目の当たりにしやむを得ず抵抗した(多くはそれにより失職したり脅迫を受けたりした)キャリア官僚や専門スタッフはともかく、自ら進んでトランプの政権に加わり辞任するかツイッターで解雇されるまでトランプを支え続けた政治家や経営者らは厳しく評価されて当然だと思う。