Carrie Lowry Schuettpelz著「The Indian Card: Who Gets to Be Native in America」

The Indian Card

Carrie Lowry Schuettpelz著「The Indian Card: Who Gets to Be Native in America

白人入植者がもたらした戦争や文化的破壊、同化政策、強制移住、構造的貧困、主権簒奪などに翻弄されたアメリカ先住民の末裔たちが、自らが先住民であると証明するための難しさと、連邦政府の先住民管理と先住民部族の自治の矛盾をはらんだ関係についての本。

著者はノースカロライナ州を中心に5万人以上の構成員を持つラムビー族の一員だが、ラムビー族自体がもともと単一の文化集団ではなく白人や黒人との混血が進んでることもあり、州政府によって先住民部族と認定されいる一方、連邦政府からは先住民であるが部族としては認められていない中途半端な状態。連邦政府から部族として認定されると居住区内で一定の自治権を認められるなどの恩恵があるが、先住民としての主権を訴える部族が連邦政府からその認定を受けなければいけない、という屈辱的な状況にある。

もともと歴史的には、先住民たちはアメリカ市民としては認められず、主権を持つ部族として政府間交渉の対象とされた。しかしその交渉とは基本的に武力的な恫喝や民間人による襲撃を背景として土地の引き渡しを迫られる不公平なものであり、部族を代表しているのか怪しい先住民を捕まえてきて酒に酔わせて本人が理解できない英語で書かれた条約に署名させる、といった例も多かった。時代が進み先住民の多くが土地や文化的基盤を失い戦争や白人がヨーロッパからもたらした疾病により先住民の人口が壊滅すると、アメリカ政府は過去に締結した条約で約束した居留地や自治権を奪い、土地の個人所有制を押し付け、また先住民文化の消滅を目指して先住民の子どもたちを遠方の寄宿学校に連れ去り、白人キリスト教文化で育てようとした。

そのなかでアメリカ政府は、先住民部族が共同で保有していた土地を個々の先住民たちに分配するために、先住民たちをリスト化し、かれらがそれぞれどれだけ先住民の血を引き継いでいるかという血液定量制(ブラッド・クアンタム)を作り出した。先住民の血を1/4以上引き継いでいる人だけに土地を受け継ぐ権利があると規定し、決まった広さの土地をそれぞれに分配したのち、余った土地を無人の公有地として白人入植者たちに提供するのがその目的。こうして先住民たちから土地を奪うために作り出されたリストや血液定量制だが、ほかに基準がないため、現在の先住民政策や先住民部族自身によっても利用されている。

誰がある先住民部族に所属するのか決定する権利があるのは、主権を持つその部族自体だ。しかし日本とアメリカとのあいだで国籍取得の方法が異なるように、各地に存在する部族はそれぞれ独自にその基準を定めており、それらをまとめた一覧も存在しない。伝統社会であれば、ある集団に誰が所属しているのかは明白であり、集落のなかで一緒に暮らしている人やその親戚などがそれに当たるが、数世紀にわたって続いた強制移住や同化政策、そして西欧型法制度の強制的導入の結果、現在では離れた場所に住み伝統文化にほとんど触れていない先住民たちも多数存在する。かれらが自分のルーツである部族とのつながりを取り戻そうとしたとき、それを歓迎したいのはもちろんなのだけれど、文化的にも家系的にも何のつながりもない白人が悪意なのかただの思いこみなのか「自分は先住民だ」として部族に加入しようとすることが多く、混乱を巻き起こしている。そうした「自称先住民」の人たちの一部は、先住民であることを売りとして白人相手の商売をしたり、先住民出身の研究者や政治家として地位を得ようとすることもある。

こうしたなか、多くの先住民部族ではアメリカ政府が土地の私有化や子どもの誘拐などを通して先住民文化を破壊するために生み出したリストや血液定量制を基準として、誰が自らの集団に属するのか決めている。部族の一員として認められるには先祖がアメリカ政府が作成したリストに掲載されており、最低でも部族の血を1/4引いていなければいけない、というルールが典型的だが、もともと先住民の数を少なく見積もり、さらに将来的に減らしていくことを目指していた基準を採用することは、多くの資格があるはずの先住民たちを取りこぼしてしまう。混血によって先住民の親に生まれた子どもが部族への所属を引き継げないことも多く、両親がともに1/2の血を引く先住民だったとしてもそれぞれが別の部族に属する人だった場合はどちらの部族の一員としても認められない。

また、かつて黒人奴隷制を導入し「文明化された部族」と認められた先住民部族によって奴隷として所有されていた黒人たち、フリードマンの末裔たちの問題もある。南北戦争終結後、白人たちに所有されていた黒人奴隷たちがアメリカ市民として(少なくとも形式上)認められたのと同様に、アメリカ政府と部族のあいだの条約により、先住民たちに所有されていた黒人奴隷たちもそれぞれの部族の一員と認められたが、かれらは先住民のリストとは別のリストに掲載されたため、それを理由にかれらの末裔が先住民部族側から部族の一員としての資格を剥奪されることも起きている。さらに、主権に基づいて居留地で運営しているカジノなどで利益を挙げている(ごく一部の)部族では、利益を分配する人数を減らすために、過去のリストに間違いがあったなどの理由で多くの人が突然部族から追放されることも。

カジノの運営などによって生まれた利権は、さらに先住民部族同士の関係にも悪影響をもたらしている。たとえばラムビー族を先住民部族として認定するための法案は何度も連邦議会で提案されているが、そのたびに既に認定を受けている他の部族による反対によって廃案に追い込まれている。ラムビー族はノースカロライナ州で最大の部族であり、より大都市に近い地域に人口が密集しているため、かれらに自治が認められればカジノの客を奪われるという懸念に基づくものだ。わたしが住むシアトルの先住民部族であるドゥワミッシュが連邦政府の認定を得られていないのもこれと同じ事情による。結果的に、先住民部族と先住民人口をできるだけ少なくしたいという連邦政府の目論見を、利権を分配された一部の先住民部族自身が後押ししてしまっている。

著者は子どものころラムビー族の一員であることを示す身分証明書を受け取ったが、そのラムビー族自体が連邦政府に認定されていないことに加え、外見上は白人に見えるため、自分は先住民であると発言することに不安を感じている。たいした根拠もなく勝手に先住民を自認してそれを商売やキャリアに利用している人たちが非難されるのは自業自得だとしても、実際に先住民なのに部族が連邦政府に認定されていないとか、フリードマンの末裔など部族によって不当にその資格が奪われていたり、あるいは先住民の親を持ち社会的・文化的なつながりがあるにも関わらず部族に一員として認められないなど、先住民なのにそれを証明できずに「偽インディアン」呼ばわりされる不安を抱える人は少なくない。一部の先住民部族がそれに加担しているとはいえ、そうした構図を作り出し維持しているのはアメリカ連邦政府だ。

知っている人はピンと来ると思うけど(だってその人が出した論集にわたしの論文も載ってるし)、わたしの周囲でも「偽インディアン」問題は何度か目にしていて、それによって運動が潰れたり人間関係が切れたりするのも経験してきた。もちろん、意図的に周囲を欺いて利益を得ようとしている人たちは批判されてしかるべきだし、これまでそうした人たちを告発してきた先住民活動家たちはいきなり公に告発みたいなことはせずに慎重に、そして穏便にアプローチしてきたことを知っているけれど、先住民の人たちが抱える複雑な歴史的事情を鑑みずにソーシャルメディアを含めたメディアでセンセーショナルに「偽インディアン」に対するバッシングが行われ、ときには間違って本当の先住民の人に誤爆したりしているのを見ると、もうちょっと冷静になる必要があると思う。少なくともそうした騒ぎに乗る前に、本書くらいは読んでおかないと。