Robert L. Fleegler著「Brutal Campaign: How the 1988 Election Set the Stage for Twenty-First-Century American Politics」

Brutal Campaign

Robert L. Fleegler著「Brutal Campaign: How the 1988 Election Set the Stage for Twenty-First-Century American Politics

共和党のジョージ・ブッシュ(父)副大統領が民主党のマイケル・デュカキス知事を破って当選した1988年大統領選挙がのちの政治に与えた影響について論じる本。

1988年は民主党が勝つべき選挙だった。二期続いた現職のレーガン政権は人気を得ていたもののブッシュはかれの後継として明らかに力不足だったし、何も知らなかった可能性が高いとされていたレーガン大統領と異なりイラン・コントラ事件への関与は確実と思われていた。しかもブッシュが副大統領候補に指名したダン・クエールは、大学を卒業後ヴェトナム戦争に従軍するのを避けて州兵に応募したことを問われて「あのときはのちに政治家になるとは思ってなかったから」と正直に答えてしまうなど明らかに準備不足。

民主党側はゲリー・ハート上院議員が最有力とされていたほか、のちの副大統領アル・ゴア上院議員、のち副大統領・大統領になったジョー・バイデン上院議員、労働組合を基盤としていたディック・ゲッパート下院議員、史上初の有力な黒人候補となったジェシー・ジャクソンら有力候補がたくさんいた。しかしハートが不倫スキャンダルで失脚し、バイデンも演説でイギリスの政治家の発言を剽窃したことが明らかになり退場、当時はまだ民主党側にいた南部の保守的な白人たちにフォーカスしたゴアと白人左翼と黒人から支持を集めたジャクソンが潰し合って、デュカキスが民主党候補の座を勝ち取ったが、デュカキスに次ぐ支持を集めたジャクソンとの主導権争いが長引いた。

1988年の大統領選挙がのちの政治に与えた影響で最も大きなものは、対立候補に対するネガティヴ・キャンペーンのタガが外れたことだ。ブッシュ陣営のリー・アットウォーターらは黒人受刑者への偏見に便乗するかたちでデュカキスが「犯罪者に甘い」と印象づけるような宣伝を行ったが、デュカキスが知事として行っていた政策はレーガンがカリフォルニア州知事や大統領として行っていたものとほぼ同じものだった。また教師に「国旗への宣誓」を先導するよう義務付ける法案を州裁判所が「言論の自由に反する」と判断したのを受けデュカキスは法案への署名を行わなかったが、これをアットウォーターらはデュカキスは国への忠誠心がないという宣伝に利用した。ネガティヴ・キャンペーンを嫌悪するデュカキスが選挙戦の大半を通してこうした宣伝を無視した結果、かれは保守的な白人たちの支持を失っていった。1992年に民主党大統領候補となったビル・クリントンがネガティヴ・キャンペーンに即座に反論する体制を整えたのはこれを教訓にしたもの。

また1988年の大統領選挙は政治をめぐるメディア環境が一変する転換点でもあった。当時はケーブルテレビが普及をはじめていた時期で、地上波の三大ネットワークの影響力はピークにあったが、のちの湾岸戦争で一気に影響力を増したCNNはすでに放送をはじめており、ニュース番組のなかで地方のイベントでの政治家の失言やどちらかの陣営が放送した政治広告がニュースとして報道されるようになった最初の選挙でもあった。ゲリー・ハート、ジョー・バイデン、そしてマイケル・デュカキスはそれぞれそうした新しいメディア環境に対応できずに敗退したとも言える。またSNL(サタデー・ナイト・ライヴ)で選挙広告のパロディが放送されるなど選挙戦をテーマとしたコメディが量産されたのもこの年が最初で、それまで政治家がほとんど出演しなかった深夜のトークライヴ番組に「政治家として出演できないならサックス奏者としてならどうか」とビル・クリントンが自らをねじ込んだのもこの年。1988年民主党大会でデュカキスを紹介するという大役を任されながら予定の時間を倍以上オーバーする大演説をかまして顰蹙を買ったクリントンはテレビ出演で悪評を打ち破り、次の1992年に繋げた。

共和党側では、ダン・クエールを副大統領候補に選んだところ共和党大会の大半を「クエールはアリかナシか」の騒動に費やしてしまったブッシュ陣営の教訓から、副大統領候補を当大会でお披露目するのではなく事前に発表しておくことになったのもこの年がきっかけ。またクエールで失敗して以降、2008年にジョン・マケイン上院議員がサラ・ペイリン知事を副大統領候補に抜擢するまで、アル・ゴア(クリントン1992年)、ジャック・ケンプ(ドール1996年)、ジョー・リーバーマン(ゴア2000年)、ディック・チェイニー(ブッシュ子2000年)、ジョン・エドワーズ(ケリー2004年)、ジョー・バイデン(オバマ2008年)のように実績があり過去に大きな選挙に当選した経験のある安全な人物を副大統領候補に指名するのが当たり前になった。

わたしが政治についてリアルタイムで見聞きした記憶があるのはクリントンが当選した1992年の選挙がはじめてなので、1988年大統領選挙はわたしにとって一番浅い「歴史」にあたる。ゲリー・ハートの失脚やマイケル・デュカキスの討論会での大失敗などエピソードとしては知っていたけれども当時の状況を詳しく読めておおしろかった。あと本書ではニューズウィーク誌にむかし掲載されていた「Conventional Wisdom Watch」からの引用が多数あってめっちゃ懐かしかった。毎週その週ニュースになった政治家やその他の有力者についてアップ(上昇中)かダウン(下降中)か示したうえで、何が起きたかユーモアを込めて短くまとめてあるの(って言っても見たことがある人しかわからない)。