Carissa Byrne Hessick著「Punishment Without Trial: Why Plea Bargaining Is a Bad Deal」

Punishment Without Trial

Carissa Byrne Hessick著「Punishment Without Trial: Why Plea Bargaining Is a Bad Deal

アメリカの刑事事件の97%以上を占める、有罪を認めるかわりに刑罰を軽くする司法取引が、いかに刑事司法を歪め社会的な不公正をもたらしているかについての本。司法取引というとメディアで大きく取り上げられるような重大な組織的犯罪において検察側の証人となることと引き換えに減刑される例を思い浮かべるかもしれないけど、その大多数は軽微な事件。長期間の勾留で仕事を失うのを恐れるなどの理由で多くの被疑者たちが裁判を受けることなく有罪を受け入れさせられており、そのうちどれだけが実際に裁判をしていれば有罪になったのか、また本当は無実だったのかはわからないけど、のちに無実だったことが証明されたケースや検察側が証拠を捏造あるいは隠蔽していたことが明らかになったケースは少なくない。

無実の人や、裁判に持ち込めば無罪になるはずの人が有罪を受け入れてしまうのには、いくつもの理由がある。普通に生活している人にとって、長期間勾留されたり長い裁判に再三出席させられると仕事や家庭に支障が生じるし、公選弁護士は安い給料で多くの事件を担当していて十分に弁護してもらえる確証もない。また、重罪化や性犯罪者登録制度、三振法、最低法定刑、移民ビザへの影響など特定の犯罪で有罪になることのコストが膨れ上がった結果、検察はそれらの罪状を脅しに使ってより軽微な罪状での有罪答弁を求めることができるようになった。単純な合理選択モデルを考えるなら、50%の確率で有罪になり刑期は2年(期待値1年)と予想される罪と20%の確率で有罪になり刑期は30年(期待値4年)という罪の2つの罪状で起訴された場合に、検察の「前者で有罪を認めたら後者は起訴を取り下げる」というオファーを拒否するのは本人が無実であったとしても合理的ではない。たいていの弁護士も「有罪答弁しろ」とアドバイスするし、それを拒否して裁判を希望したところ合理的思考ができない状態にあるとして精神鑑定されたケースも。十分な罪状を積み上げて被疑者がフォールドするのを待てばいいので、検察は証拠を捏造したり隠蔽したりしてでもとにかく起訴すれば良く、被告人が有罪答弁すれば裁判とはならないので証拠の不備は問題とされない。このようにして被疑者の裁判を受ける権利や自分に対する証拠や証人に対して反証する権利が奪われている。

司法取引には、証拠がはっきりしていて有罪判決を受けるのが確実なケースにおいて、長期間の勾留や裁判を避けてコストを削減し、同時に被疑者の更生や必要なら支援措置に早くつなげる、というメリットのある使いみちもある。しかし現実には、ほとんどの刑事事件が有罪答弁で決着することを前提に、ろくに捜査もしないまま、少なくないケースにおいてあやふやな証拠を元に、大勢の人が起訴され、憲法で保証された権利を放棄して有罪を受け入れるよう圧力をかけられている。社会的公正や真実の追求より「どれだけ効率的に有罪判決を稼ぐか」を目的とした検察のあり方は本末転倒。著者は司法取引そのものを禁止することには反対としたうえで、過剰な重罰化や刑罰以外のペナルティの是正、保釈金支払い能力の有無によって差がつく判決前勾留の廃止、代理人の出席で十分な法廷への出廷を任意にする、取り調べの可視化、警察や検察の不正のデータベース化、公選弁護士や裁判所の予算の拡充などを提唱する。

ここ数十年にわたって犯罪は減ってきているにもかかわらず逮捕・起訴は増加しているが、その全てと言わずとも、1割や2割のケースが有罪答弁で終わらず裁判に進んだ場合、現状の公選弁護士や裁判所の予算では到底まかないきれない。もしそれらの被疑者を処罰することがどうしても社会にとって必要だと考えるのであれば増税してでも憲法上認められた権利を保証しつつ裁判を行うだけの予算を捻出するべきだし、もしそうでないのであれば逮捕・起訴を減らすべきだ。それほど長くはないけどとても読み応えのある本。