Bridget Read著「Little Bosses Everywhere: How the Pyramid Scheme Shaped America」
マルチ商法から見た現代アメリカ史の本。マルチ商法というと経済の片隅にある胡散臭い商売という印象が強いけれども、実はそれがアメリカの経済および政治において中心的な役割をはたしてきて、いまもその中心に居座っていることを示す。アメリカやばい(定期)
マルチ商法は実際の商品を販売しているという点でただ単にお金が移動するだけの違法なマルチ講とは異なるとされているが、本書はカール・レンボルグによるニュートリライトの設立からそこから派生し本家を吸収したアムウェイの台頭、国際的な展開から仮想通貨販売詐欺のワンコインや創業者による性的搾取の舞台となったネクシウム(NXVM)までの歴史を取り上げつつ、マルチ商法とマルチ講が決して別個のものではなく、同じ人たちが政府の規制や追求を避けようと試行錯誤するなか、結果として生まれた区別でしかないことが示される。
マルチ商法の歴史や社会的影響については既にJane Marie著「Selling the Dream: The Billion-Dollar Industry Bankrupting Americans」を紹介しているが、本書は同時に化粧品を売る大手マルチ商法業者の販売員として8年間にわたって必死に働き約1000万円のお金を失った女性のストーリーが並行で語られ、人々がどれだけ経済的な困窮からの脱出や経済的自立への期待を煽られ、利用され、使い捨てにされていっているか指摘する。マルチ商法の組織で収入を得るのは商品を販売するだけでは不可能で、販売員を勧誘して自分の下に付ける(そしてその販売員にさらに販売員を勧誘させる)ことが必須。商品の販売はむしろピラミッド型の組織でより良い地位に就いたり維持するためのノルマでしかなく、実際には販売員が自腹で商品を購入して溜め込んだり、周囲の人たちの名前を借りてかれらが購入したことにするなどして売り上げをあげるが、結果売れば売るほど負債と在庫が増えるということになってしまう。
マルチ商法は「誰かのもとで働くのではなく、一人ひとりが自立して、自分の判断と能力に応じて成功できる働き方のモデル」と自らを位置づけるが、大恐慌やオイル・ショック、金融危機やコロナウイルス・パンデミックなど不景気と失業増が起きるたびに活発になり、真っ先に職を追われる女性たちを主に吸収する。不景気になり多くの企業が売り上げを落としている中でもマルチ商法だけは売り上げを伸ばすが、これは販売員が在庫を仕入れた時点で売り上げと計上しているためであり、実際には大部分が販売員本人の負担となっており、実際に商品を流通する手段としては成立していない。マルチ商法が本来違法なマルチ講に法的な体裁を取って付けただけのものである所以だが、ここで疑問になるのが、どうして数学的にすぐ破綻するのが目に見えているはずのマルチ商法のなかに、アムウェイのように何十年も続き政治的に暗躍するほどのものがあるのか、ということ。
アムウェイはもともとニュートリライトに販売員として参加してその仕組みを学んだジェイ・ヴァン・アンデルとリチャード・デヴォス(第一次トランプ政権の教育長官ベッツィー・デヴォスの父)が設立した会社だが、自分たちはほかの企業とは違い合法的に運営するための倫理規定を持っている、として競合他社と差別化し、政府に対して「合法的なマルチ商法のあり方」を提言してきた。と同時に企業に対する規制に否定的な共和党やその周辺のシンクタンクなどに接近し、政治献金を通して(民主党の一部も含め)政治家に影響力を持つとともに、政府の規制が自分たちに対して実効性を持たないように働きかける。アムウェイが公式に掲げている倫理規定や法的規制がどれだけアムウェイの実態と一致しているかは怪しいが、データを公表しないため問題が発覚しても個々の販売員による暴走として片付けられてしまう。
それでももしアムウェイやその他の長年続いているマルチ商法企業が実質的に違法なマルチ講同様だとするなら、短い時間で勧誘できる潜在的な販売員を食い尽くして破綻するのでは?という疑問に対して本書は、これらの企業は想定されているほど販売員の勧誘に成功していないのでは?という回答を出す。すなわち、一人の販売員が平均で何人かの販売員を勧誘し、その何人かがそれぞれまた何人か勧誘して…という想定だと数学的にすぐに勧誘員は飽和することになるが、実際には勧誘された販売員の多くは実はすぐにやめてしまったり、次の勧誘員を見つけらなかったりして、結局組織は言われているほど拡大せずにほそぼそと成長しているのではないかと。とくにアムウェイは他社に先駆けて国際進出を果たし、共産主義からの体制変換があった国や新たに欧米文化を受け入れた国などに新しい市場を見つけているため、一般のマルチ講ほどの急速な成長をしないかわりに、次に不景気になり失業者があふれる(そして新たにマルチ商法に加入しやすくなる)まで現状維持で食いつなぐことができている様子。
本書が描き出すのは、サプリメントにはじまり化粧、石鹸からあらゆる商品、そして情報商材や仮想通貨まで、違法・合法の境界上に登場するさまざまな詐欺的事業の数数と、それを規制あるいは禁止しようとしつつも裏を書かれたり業者に買収された(あるいははじめから政府による経済介入を良く思わない)政治家から妨害を受ける政府当局者や研究者らとの抗争の歴史だ。マルチ商法やその擁護者らは自分たちが販売員たちから財産をかすめ取るための仕組みを「アメリカの自由独立精神の象徴」として祭り上げるが、マルチ商法が実際に商品を流通させるための仕組みとしては機能していないこと、参加した人たちの大多数が財産を失うだけのものであることはさまざまな研究や過去の裁判などから明らかであり、違法なマルチ講と合法的なマルチ商法の区別は社会的害悪の点からはまったく意味を持たない。しかしデヴォス一家をはじめマルチ商法企業はアメリカの経済と政治において力を持ちすぎていて、禁止どころか有効な規制すら難しいのが現状だ。