Becky Holmes著「Keanu Reeves is Not in Love With You: The Murky World of Online Romance」

Keanu Reeves is Not in Love With You

Becky Holmes著「Keanu Reeves is Not in Love With You: The Murky World of Online Romance

ネットを通してロマンス詐欺を仕掛けてくる詐欺師に騙されるふりをしてトロール行為を仕掛けかえし、その様子をツイッターに掲載していたイギリス人女性が、その結果として多数の被害者の声を聞き、ロマンス詐欺を減らすためにどうすればいいのか専門家に取材するなどした本。

ロマンス詐欺は、主にネットを通して知り合った相手を騙し、恋愛関係にあるかのように演じることで、言葉巧みにお金を送金させたりビットコインやギフトカードを送らせる犯罪。被害者は男性と女性のどちらもいるが、男性が被害を受けた際には色仕掛けで男性を騙した女性が非難されるのに対し、女性の被害者は頭が悪い、よほどモテなくて必死だったんだろう、と叩かれたり犠牲者非難を受けることが多い。そのため被害者は「もしかしたら騙されているかも」と気づきかけても周囲の人に相談できずに、ずるずると騙されてしまうことも少なくない。

著者がツイッターや出会い系アプリにアカウントを作ると、すぐに多数の男性からロマンス詐欺らしい連絡が届いた。はじめは面白半分でかれらに返事し、わざと騙されたふりをして会話をしながらどうやって送金したら良いかわからないと延々と相手をいらつかせ、また会話のなかに明らかに異常な内容(著者自身が何人も人を殺しているとか、住んでいる街の名前が放送禁止用語だったりとか)を散りばめ、それに気づかないのか気にしないのかまるで何もなかったかのように会話を続けようとする詐欺師とのログをスクリーンショットにしてツイッターで晒す。あなたを愛しているから今すぐあなたのいる(とされている)ところに行きます、とまるで空港にいるかのような写真を送ったり、どんどん常軌を逸したメッセージを送りつけ、ついには詐欺師の側からブロックされるまでがパターン。トロール行為がうますぎてやばい。

著者にロマンス詐欺を仕掛けてくる人の多くは、いくつかのよくあるテンプレを使ってくる。アメリカの軍人でアフガニスタンやイラクなどに駐留しているとか、国連に雇われた医者として紛争地に勤務している、石油採掘装置で作業している、などの言い分は、はっきりとした居場所を説明できないことや通話が繋がらないことの言い訳に都合が良く、僻地で大怪我をして手術代が必要、急に帰国する費用が、本国にいる子どもの医療費が、などという送金させる理由と、銀行口座にお金はたくさん持っているけれどすぐに動かせないと主張する口実になる。インターネット環境が不安定と説明すれば、音声や映像が不自然な乱れを見せるディープフェイク動画をリアルタイムの通話と言い張ることも可能。

ほかによくある手法は、タイトルにもあるように有名人になりすますこと。キアヌ・リーヴスはソーシャルメディアを使わないことを公言しているけど、しかしツイッター上には多数の「キアヌ・リーヴス」のアカウントが存在し、事務所に隠れて出会いを求めている、という口実でロマンス詐欺に使われている。著者は複数のキアヌ・リーヴスを同じチャットグループに招いて誰が本物なのか証明させようとしたり、親しい関係にあるとされる有名人の名前を騙るアカウントを対立させたりと、ここでもめっちゃトロールが冴えわたる。悪の才能を正義のために使うのって、わたし好みだわ。

しかしそうやってロマンス詐欺をやっている人たちをからかううちに、著者はロマンス詐欺の被害を受けた人たちから連絡を受け、かれらが金銭的な被害を受けただけでなく精神的に大きな傷を負っていることに気づく。騙されてしまった自分に対する自己嫌悪、周囲に対して感じる恥、恋人や婚約者を助けるためにと家族や友人から借金したせいで人間関係を破壊された人も少なくない。著者はロマンス詐欺の被害者ではないものの、ギャンブル依存症になって多額のお金を失った経験や、ドメスティック・バイオレンスの被害を受けた経験などから被害者たちに共感し、被害者を見下したりからかうような風潮に強い反発を感じ始める。かれらの多くは人間関係などで強いストレスを感じていたときにロマンス詐欺を仕掛けられ犯罪被害を受けてしまったのであり、犠牲者非難は間違っていると。また、米軍や国連職員、石油採掘企業について少し知識があればロマンス詐欺を見破ることができるという点から被害を予防するための啓蒙も呼びかけている。

さらに著者は、ロマンス詐欺を仕掛けている詐欺師たちが多く住むガーナ、ナイジェリア、マレーシアの事情を調査。東南アジアでは人身取引や債務奴隷のような形で先進国の人たちをターゲットにロマンス詐欺を行うよう強要する組織犯罪が問題となっていたり、一時期インターネットを介した詐欺の代名詞のようになっていて政府が悪名払拭に必死になっているナイジェリアではロマンス詐欺で成功した人たちがリーダーとなって貧困に苦しむ地元の若者に詐欺のやり方を教えており、ロマンス詐欺は組織化されている。フェイスブックには実際にそういった詐欺のノウハウを共有するためのグループが多数存在しており、著者はそのいくつもを利用規約違反で報告したものの運営によって削除される様子はない。そうしたグループを通して実際にロマンス詐欺を行っている人たちに取材すると、イギリスやヨーロッパはアフリカを植民地化し資源を奪ってきたからこれはその仕返しだ、と、わたしにとってはそれも一理あると感じる主張なのだけれど、著者はこいつらヤベえ、としか思わなかった様子。あと本筋には関係ないんだけど、この著者にとってジャーメイン・グリアーがフェミニストの代表らしいので、そのあたりも違和感があった。

著者は本書の最初に、詐欺の手法はどんどん変化していくのでこの本が出版される頃にはまた異なる手法が使われているかもしれない、と言いつつ、それでも基本的には同じだ、的なことを言っていたのだけれど、現に本を書き終えた頃にイーロン・マスクがツイッターを買収して「本人認証済み」を示す青いチェックマークを誰でも買えるようにしてしまったせいで多数のキアヌ・リーヴスたちが本物っぽく自らをプレゼンテーションできるようになってしまったし、そもそもツイッターですらなくなった。またディープフェイクはこういう部分を見れば見破れる、という話もそろそろ怪しくなってきているし、Justin Hutchens著「The Language of Deception: Weaponizing Next Generation AI」が警告していたように大規模言語モデルを利用したAIによって個人の英語のスキルに影響されずにロマンス詐欺を自動化することも進みそうで、まだまだ問題は拡大しそうに思う。