Orin Kerr著「The Digital Fourth Amendment: Privacy and Policing in Our Online World」
本人も意識しないような詳細な個人情報が手元の端末やサーバに大量に蓄積される現代、アメリカ憲法修正4条で保証された「不合理な捜索」を受けない権利はどう解釈されるべきか論じる本。著者は法学者で修正4条の権威(で保守派と目されている)。
憲法修正4条は人々が「身体、家屋、書類および所持品」において不合理な捜索や押収を受けない権利を保証しており、捜査・押収を行うための令状の要件が記されている。この規定はプライバシー保護という市民の利益と犯罪の取り締まりといった国家の利益のバランスを取るために作られており、自動車や電話のような新しい技術が発明され普及されるたびに、技術によって乱されたバランスをふたたび是正するための解釈が繰り返されてきたと著者は言う。被疑者が車を使って捜査から逃れたり証拠品を持ち去ったりするのが容易になると、それへの反動から車に対する捜査の権限を強化する、といった具合。電話の通話の傍受には令状がいるが、いつどの番号からどの番号に通話があったかというメタデータの取得には令状がいらないという判断もそうしたバランスの是正を目指したもの。
はじめは個人の自由をひたすら拡張するかのように見えたインターネットとデジタル革命はしかし、人々の行動が端末やサーバに事細かく保存され、またそうしたデータが市場で売買されるようになるなど、かつてないほどの規模で人々のプライバシーを脅かすようになっている。また一方で、捜査や押収の対象を細かく限定した従来の令状では押収ができなくなってしまう、あるいは押収が過剰になってしまう問題も生じている。こうした問題に対して著者は、憲法修正4条が当初目指したバランスを復活させるための新たな憲法解釈を訴える。
たとえばデジタルデバイスの押収については、これまでなら特定の証拠品の押収を令状で認めればそれで済んだのだが、デジタルデバイスのどこに目的とするコンテンツ、たとえば性虐待メディア(児童ポルノ)が保存されているのか簡単にはわからない。従来の判決によれば、たとえば一冊の本を証拠品として押収するのであれば本棚ごと押収することは認められていないが、デジタルメディアの場合はその場で長い時間かけて全てのデバイスやクラウドストレージの解析を行うのは現実的ではなく(被疑者本人にとっても迷惑だし)、ストレージの中身の99.9%は令状と無関係だったとしてもデバイス自体を丸ごと押収するしかない。しかし、かといって押収されたデバイス全体に含まれたあらゆる個人情報を警察が捜査の対象として新たな犯罪容疑を掘り起こすといった行為が許されてしまうと、それはプライバシーと捜査権限のバランスを著しく歪めてしまう。というより、別件容疑でデバイスを押収してほかの犯罪の証拠を集めようとする別件捜査が常態化してしまうだろう。デバイスの押収を認めつつ、そこで得られる情報が悪用されないような法的判断が必要とされる。
また、捜査当局が民間のプラットフォーム企業やデータ業者から市民のデータを入手する行為にもなんらかの歯止めが必要。警察が人々のプライバシーを捜査するためには令状が必要だけれど、一般市民が自主的に警察に情報を提供するのであればその限りではなく、これまでも警察の要請に答えて金融機関や電話会社が顧客のデータを提供してきたが、これらの企業が提供する特定の分野に限られたデータに比べ、分刻みの位置情報やウェブ検索履歴など、プラットフォーム企業やデータ業者が保持する人々のプライバシーは桁違いに多く詳細。これを警察が無制限に入手可能だとすることはバランスを崩してしまうため、この点でもバランスを取るための法判断が必要とされる。
本書はほかにも、国境におけるデバイス検査や暗号技術などさまざまな話題を取り上げ、憲法修正4条が目指したバランスを取り戻すための「デジタル修正4条」的な法解釈を訴えるが、過去にも裁判所はそうしたバランスを取ってきたし今後もそうだという信頼が根底にあり、おいおいあんた、いまの最高裁どうなってるのか知らんのか?と感じてしまう。楽観的すぎじゃ。Byron Tau著「Means of Control: How the Hidden Alliance of Tech and Government Is Creating a New American Surveillance State」にも書かれているように、著者が「自動車や電話の普及に対するバランスを取るための措置」と評価する過去の判例によって修正4条の保証は形骸化されており、Christopher Slobogin著「Virtual Searches: Regulating the Covert World of Technological Policing」ではバランスを取るどころかますますプライバシー侵害が進んでいることも報告されているのだけれど。