Neige Sinno著「Sad Tiger」

Sad Tiger

Neige Sinno著「Sad Tiger

メキシコ在住のフランス人作家が、幼いころから7年間にわたって義父に繰り返し性虐待を受けていた経験をふりかえり、自分が虐待を受けていたころと同じ年齢になった娘を持つ母として、語り得ないことを語る本。フランスで2023年に出版されベストセラーになった本の英訳。読んだあとで知ったけど、日本でも今月末に『悲しき虎』として出版されるらしい。

子どもの性虐待をテーマに含めた小説はたくさんある。性虐待のサバイバーが自分の経験を書いた本もある。それなのに既に成功している作家である著者が、書きたくないと思い、書かなくてもいい理由をたくさん挙げながら、どうしてこの本を書かなければいけなかったのか。作家としての想像力を働かせ、またナボコフなど過去の文学作品を参照したところで、どうしても自分の理解が及ばない、おそろしい義父。自分の娘を虐待されたことより、夫に秘密を作られ嘘をつかれたことに傷つく母親。本来は監獄廃止主義者であり刑事司法制度に批判的な立場の著者が、自分より幼い弟や妹を守るためにあえて義父を警察に告発したのに、自分たちは著者とは異なり父親の実子だから被害を受けることはなかった、告発は不要だった、という態度の弟や妹。しかし著者の告発は、そしてこの本の出版は、著者の娘だけでなくその他多くの子どもたちの未来を守るために無駄にはならない。

著者が言うような子ども時代に性虐待を受けたサバイバーが書いた本は他にもいろいろ読んでいるし、本になっていない話もたくさん聞いてきたけど、なんだろう、大多数の人が決して踏み込まないであろう領域に分析を進めることができてしまう文学者の凄みなのか、この本はこれまで読んだどれとも違う。直接的な表現に戸惑っているうちに引き込まれ、一気に読まされる。ヤバい。日本語版の出版もすぐなので、サバイバーの人や家族関係にトラウマがある人は自分の調子がいいときに、それ以外の人は発売後すぐに読んで日本でもベストセラーにして。