Lisa Murkowski著「Far from Home: An Alaskan Senator Faces the Extreme Climate of Washington, D.C.」
数少ない共和党中道保守派の現役政治家でアラスカ州選出のリサ・マーカウスキ上院議員の自叙伝。子どもの学校のPTA委員から州共和党での活動を歴て州議会議員となり、連邦上院議員から州知事に転身した父の後継として上院議員に任命された著者が、アラスカの特有の政治文化のなか、ティーパーティー系の極右候補に党指名を奪われながら本選挙で記名投票を呼びかけ逆転当選したり、トランプの弾劾に票を投じて刺客を差し向けられながら返り討ちにするなど、著者がどのようにして独自の路線を歩んできたか語る。
著者も認めているとおり、いまのアメリカの政界で著者のような中道・超党派路線で出世するのは難しい。予備選挙で党の指名を勝ち取るには党内で最も声の大きい集団、共和党の場合もっとも強硬な保守派の支持を得る必要があり、仮に当選しても新人議員が力を発揮するには党の重鎮に気に入られて重要な委員会に推薦してもらい年月をかけて議会内序列を上げていかなければいけない。著者が党内の支持を集めるのに必死にならなくても良かったのは父親が党の有力者であったという事実が大きいし、連邦上院議員から州知事に当選した父親が自分が辞任した上院の議席を州知事としての権限を使って娘に継がせた事実は縁故主義丸出しで、はじめて著者がジョン・マケイン議員と会ったときはめっちゃ軽蔑の視線を向けられたというくらい世間の非難を浴びた。事実、州知事になった父親はこのとき失墜した人気を取り戻せず次の選挙でサラ・ペイリンに負けてしまったが、著者自身は以来議席を守り通している。
また、アラスカという州の特異性も著者が共和党の右傾化に流されずに済んだ理由の1つとしてあげられる。アラスカはハワイと並んで最後に成立した州の1つであり、州の大部分は道路が繋がっておらず小さな集落が点在する僻地。土地の半分以上は連邦政府が所有しており州内で産出する原油など天然資源の利益が州民や先住民の組合に毎年分配されるようになっており、いっぽう医療や教育の面などでは連邦政府への依存度が高い。アメリカ中枢から物理的に離れていることで自主独立の気概は強いけれど、連邦政府がなければ州が成り立たないこともあり極端な反連邦政府主義にも陥りにくい特色がある。
父親の権力やアラスカ独自の政治文化があったとはいえ、党派的な議論を避け、原則論を守りつつアラスカのために何が必要かという基準で行動する著者の姿勢はやはり独特で、でも詳しく理由を聞かないとわかりにくいものも多い。それが顕著なのはトランプ第一次政権時代に最高裁判事に指名されたブレット・キャヴァナー判事とエイミー・コニー・バレット判事の審査における著者の行動。著者は上院による最高裁判事候補の審査はあくまで指名を受けた人物が法律家として最高裁判事となるにふさわしいかどうかを審査するもので、本人や指名した大統領の政治的意見や党派によって左右されるべきではないという信念を繰り返し訴えており、キャヴァナーとバレットの双方に対して法律家としての経歴はその基準を満たしていると評価。しかしクリスティーン・ブラゼ・フォード氏がキャヴァナーによる性暴力被害を訴えた際、性暴力の事実は調査が必要とするいっぽう、キャヴァナーが彼女やその他の性暴力被害者に対して見せた極めて攻撃的な姿勢を見て、性暴力被害者の権利がキャヴァナーの法廷で守られるとは思えないという考えに至り、反対した(が、賛成を表明していたが娘の結婚式に出席するために表決を欠席した同僚とバランスを取るために投票は棄権––という上院ならではのよくわからない話だったり)。
バレットの場合は、オバマ政権の最後の年に最高裁に空きが生じた際、上院共和党が「大統領選挙の年に新たな最高裁判事を承認するべきではない、選挙で当選した大統領が新たな判事を選ぶべき」としてオバマが指名したメリック・ガーランド判事の審査すら行おうとしなかったことから、同じ理屈で大統領選挙の数週間前に新たな最高裁判事を承認するべきではないとしてトランプが指名したバレットの承認採決に著者は反対した。しかし採決が行われると著者は「採決を決めたことには反対だがバレット判事の資格には問題ない」として賛成票を投じたことで、立場を変えたのではないかと批判された。著者の考えをきちんと説明されれば筋は通っていることが分かるが、「どっちの味方か」でしか判断しようとしない党派的な視点からは彼女の立場は矛盾だらけに見える。その後バイデンが任命したケタンジ・ブラウン・ジャクソン判事の承認には賛成。
著者の政治生命に最大の危機が生じたのはオバマ政権中の2010年。金融危機を乗り切るためのウォールストリートに対する巨額の救済やオバマ政権による健康保険改革に対する反発が起きるなかティーパーティー運動が広まり、共和党員なのに十分に保守的ではないとされた現職政治家たちにティーパーティー系の活動家や政治家たちが予備選挙で挑みかかる動きが全国で起きた。著者も中道派としてその標的にされたのだけど、相手を軽視しすぎて多額の選挙資金を銀行口座に残したまま共和党指名を奪われてしまう。既存政党の指名を得た候補は投票用紙に名前と政党が印刷されることになっており、共和党と民主党のほかにアラスカ州で投票用紙に名前が印刷されるのはリバタリアン党の候補だけ。リバタリアン党からは「当選したければうちの政策を受け入れてリバタリアンの候補になれ」と誘われるなか、著者は引退も考えたけれど、無所属で立候補しろという支持者たちや、支持者ですらない一般のアラスカ州民たちからの訴えを聞き、選挙戦を続ける。
政党指名を受けていない候補は党の資金や選挙プロたちの支援を受けられないばかりか、有権者たちに自分の名前を投票用紙に手書きしてもらわなければならず、ポーランド系の長いスペルの名前を持つ著者は不利。彼女への投票を意図したことが明らかでも一文字でもミススペルがあったら無効とされる可能性もある。しかし従来からの支持者だけでなく、とにかくティーパーティー派の当選を避けたい教職員組合や民主党支持者、先住民組合その他の多くの人たちが自然と集まり、前代未聞の草の根選挙運動が展開される。彼女の名前のスペルを間違えないように名前が書かれたタトゥーシールやブレスレットを作って配ったり、スペリング・ビー(子どもたちが難しい単語のスペルの記憶力を競うコンテスト)をテーマにしためっちゃクレバーでキュートなテレビ広告を作るなどして、著者に投票するのは当たり前で問題は正しくスペルできるかどうかだけ、という空気を作りあげる。結果、著者は共和党と民主党双方の候補を破って再選される。
トランプの弾劾裁判に賛成票を投じた共和党議員たちが次々に引退や予備選敗退に追い込まれるなか行われた2022年の選挙でも、著者はトランプが支援した候補を破って四度目の当選。個々の考えについては異論があるし、政治の分極化に共和党と民主党、右派と左派が同じだけ責任があるとはどうしても思えないのだけれど、自分の行動を言葉で、というかスローガンではなく論理できちんと説明ができる政治家というのはそれだけで貴重。大したスキャンダルも起きていないし、党指導部に堂々と逆らい、自分を偽るくらいなら政治家なんていつでも辞めていい、と言い切れるのは恵まれた境遇の出身であることの恩恵だけど、それ以上に恵まれているはずのケネディ家のアレがああなんだから著者は尊敬されていい。