James Bloodworth著「Lost Boys: A Personal Journey Through the Manosphere」

Lost Boys

James Bloodworth著「Lost Boys: A Personal Journey Through the Manosphere

大金を払い、女性をテクニックを駆使して心理的に制御できる対象物として扱うピックアップアーティスト(PUA、ナンパ)セミナーに参加した過去を持つイギリスの男性ジャーナリストが、自分がどうしてそこに惹かれたのか振り返りつつ、インターネットで支持者を集める男性至上主義的コミュニティやインフルエンサーの先鋭化・過激化について論じる本。著者は体当たり取材が得意らしく、日本でも『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した 潜入・最低賃金労働の現場』が出版されている。

著者はPUAセミナーに参加していた当時の自分を「いまの基準だとセクシストだった」と反省しつつ、メディアの女性芸能人に対する酷い扱い(Sarah Ditum著「Toxic: Women, Fame, and the Tabloid 2000s」参照)などを指摘し、PUAコミュニティのセクシズムが一般(男性)社会からそれほど乖離していなかったことを指摘する。しかしソーシャルメディアにおけるフェミニズムの高まりやのちのmetoo運動の盛り上りなどにより世間はセクシズムや性暴力に厳しくなるとともに、かねてから女性の社会進出に不満を募らせていた男性の一部はさらに先鋭化し、Laura Bates著「Men Who Hate Women: From incels to pickup artists, the truth about extreme misogyny and how it affects us all」が取り上げたようなより過激で暴力的なマノスフィアが拡大していく。

その象徴となるのが、女性ゲームクリエータやゲームジャーナリストに対する大規模な嫌がらせに発展したゲーマーゲート事件であり、性的人身取引や性虐待の罪で逮捕されたアンドリュー・テイトであり、ネットのインセルコミュニティで過激化したエリオット・ロジャーがカリフォルニア大学サンタバーバラ校のソロリティで銃乱射した2014年の事件だが、マノスフィアに関連した暴力事件はほかにも多数起きているほか、白人至上主義や反移民主義の暴力とも連携して社会を脅かしている。

著者はPUAセミナーが一部の講演者たちが儲けるだけのものだと気づいて離脱し、マノスフィアの先鋭化が無視できなくなるほど拡大するまで離れていたのだけれど、本書を執筆するためにインセルやマノスフィアのサイトや動画を見始めたところ、次から次へとより過激なコンテンツやインフルエンサーがアルゴリズムによってプッシュされてくることに気づく。モテない男性の苦しみについて聴いていたはずがフェミニズムや左翼に対するバッシングを経て白人至上主義や反ユダヤ人主義の動画に行き着いてしまうパターンは、批判を受けてアルゴリズムに是正が入り以前よりはマシになったと思っていたけれど、また悪化しているのかもしれない。

いわゆる「男性性の危機」(とゆーか男性性はとっくのむかしからヤバいっしょ)について取り上げた最近の本にしては珍しく、ロバート・ブライの神話的男性運動を好意的に取り上げている点は本書はわたし的にポイントが高い。まあ実際に関わった経験だとブライ信奉者の連中はあれはあれで結構ウザいんだけど、産業化により伝統的な価値を奪われた男性が女性の支配を介さないかたちでほかの男性と連帯することで癒やされる処方箋はもしかしたら21世紀にも通用するかもしれない。