Gaurav Suri & Jay McClelland著「The Emergent Mind: How Intelligence Arises in People and Machines」

The Emergent Mind

Gaurav Suri & Jay McClelland著「The Emergent Mind: How Intelligence Arises in People and Machines

心や意識と呼ばれるものが人間の脳においてどのように発生したのか、それは人工知能という形で機械の部品の中で起きていることとどう関連しどう異なるのか、人間の脳の機能の一面を機械によって再現しようとしてきたニューラルネットワークの研究者たちが論じる本。

本書の主題となっているのはタイトルにもあるエマージェンスという概念。人間の脳はたくさんの細胞によって成り立っており、そうした生体的な部品のどれ一つをとってもそこに意識が宿るような仕組みは見られないのに、集合として見たときに意識や感情といった個々の部品からは考えられないような機能が生じている。人間には身体とは別に魂があるのだ、という宗教的解釈を導入すれば意識のエマージェンスという不思議な現象は解決するのだけれど、魂ってなんだよというより不可解で説明のつかない話になってしまう。

もともとニューラルネットワークは、脳の中で起きている電子的なはたらきを機械で再現することによって、脳の仕組みへの理解を深めようとする研究だった。しかし近年の人工知能研究にニューラルネットワークが取り入れられ、さらに大規模言語モデルの成功によってAIがあたかも意識を持つかのような反応を返すようになると、実際にAIが意識を持っているかのような誤解が生じ、また人間によるパラソーシャルな依存的関係性の対象にもなる。少なくとも現時点のAIに意識があるとは考えられない、というのが大半の研究者たちの考えだが、人間の意識がどのようにしてエマージェンスしたのか説明できない以上、今後もAIに意識や人格がエマージェンスしないという確証はないことが話をややこしくしている。

最近AI関係でエマージェンスという言葉は、とにかくAIをどんどん発展させさえすればどんな問題への解決策も勝手に導き出される、的な根拠のない技術楽観論(と、「どうせ最終的にはAIが解決してくれるのだから」とAIのさらなる発展のために犠牲とされる環境や人権への配慮の欠如)の文脈で聞くことが多く、どうしてもうさんくさいと感じてしまうのだけれど、本書は人間の認知や記憶、学習の仕組みをさまざまな研究を通して明らかにしていくとともに、それらがAIのそれとどの程度共通していてどう違うのかきちんと整理されているのが良かった。

てゆーか、最近大手プラットフォーム企業やベンチャー企業がAI開発を名目にあんまり無茶苦茶やってるから、ついニューラルネットワークとかAIの話題を批判的な態度から見てしまっているんだけど、わたしってもともとそういう研究に純粋に興味を持ち最先端の研究にわくわくする人間だったということを、本書は久しぶりに思い出させてくれた。