
Seth Berkley著「Fair Doses: An Insider’s Story of the Pandemic and the Global Fight for Vaccine Equity」
CDC(アメリカ疾病予防管理センター)、ロックフェラー財団、世界銀行などを経てGAVI(旧称・ワクチンと予防接種のための世界同盟)の発足に関わりその代表者を務め、コロナウイルス・パンデミックの際にはCOVID-19ワクチンへの公平なアクセスを実現するためにCOVAXを設立し奔走した疫学学者が、長年の活動をまとめた本。
本書は大きく分けて、エボラやHIV/AIDSなどさまざまな感染症に対するワクチンの開発を後押しし、その普及を目指す活動について書かれた前半と、コロナウイルス・パンデミックへの対応に追われる激動の日々について書かれた後半に分けられる。前半では、主に低所得国で広まっている感染症に対するワクチンからは利益が見込めないため民間の製薬会社が開発を行おうとしない現状に対して、ゲイツ財団や各先進国からの支援をまとめてあらかじめ開発に成功したワクチンの買い取りを保証したり、せっかく実現したワクチンがきちんと実際に使われて人々の命を守るために必要なインフラストラクチャーの整備をするなどの活動が説明されるとともに、それぞれの感染症に特有の難しさやワクチン実施をめぐる思いがけないハードルなどの経験が明かされ、そうした経験の蓄積がのちにCOVID-19への対応に役立ったことが示される。
COVID-19によるコロナウイルス・パンデミックはGAVIが低所得国において行っていた事業を一気に中所得国や高所得国の一部にまで拡大させただけでなく、まだ成功するかどうか分からない多数のワクチン開発に資金を注ぎ込み、またそれらができる限り公平に分配されるような枠組みを推し進めた。しかし先進国で特定のワクチンに人気が集中しそれ以外のワクチンのほうが効果が弱いかのような印象が広まると、低所得国の側からも自分たちに好きなワクチンを選ばせろという意見が高まってきたり、自国のワクチンを売り込みたいロシアや中国や、あまりそう言われてはなかったけれどアメリカなどがそれぞれ他国のワクチンについて誤情報を流すなどして混迷。どのワクチンがより有効か分からないなか、全国民が必要とする量より多くのワクチンを先進国が買い占めたり、低所得国に分配するためのワクチンの製造を任せていたはずのインドや南アフリカが政府の決定により輸出を禁止するなど、国家のエゴのぶつかり合いも激化した。
ある国のなかでワクチン接種を行うためにはその国の政府との協力が不可欠だけれど、そうなると不利になるのはパレスチナ人や難民など国家の庇護を受けられない人たち。支援対象を国に限らず「地域」に広げることでそうした人たちにもワクチン配布を広めようとするが、低温冷凍保存が必要なmRNAワクチンはもとより、医療施設が不足しており道路もあまり通ってない地域での活動は困難を極めた。また過剰なストックを抱えた先進国は所持しているワクチンの使用期限間近になって「〜本のワクチンを無駄にした」と報道されることを恐れて「ワクチンを寄付するからすぐに持っていってくれ」と要望してくるが、輸送料はもとより専用の注射針も拠出せず、使用期限も迫っているのに実際に使われる国の言語にラベルを張り替える作業もCOVAXに丸投げしたまま、箱には自国の国旗のシールを貼ってどの国の寄付だか分かるようにしろ、空港に搬入する際に動画に撮らせろと要求ばかりしてくる先進国ひどすぎ。
そんなこんな無茶苦茶な状況のなか、陰謀論者によって悪者に仕立て上げられたり、低所得国からも高所得国からもあれこれ批判されながら、一人でも多くの人の命を救うためにワクチンの配布を続けた著者以下COVAXの人たちカッコいい。もちろんかれらもいろいろ間違いはおかしたし、活動資金を提供している先進国や製造拠点のある中所得国からの理不尽な要求に妥協せざるをえなかったことも多々あったけれど、著者らの経験がより広く共有されることで、次いつか来るまた別のパンデミックに、今回に比べて少しでもよりマシな対応ができるような準備が行われて欲しいし、今回の反省をもとに平時からワクチンのより公平な分配の仕組みと生産拠点の多角化を進めて欲しい。
また、いざというときにワクチン接種が成功するかどうかはワクチンの準備だけによるものではなく、普段からの医療への公平なアクセスと、それによる医療への信頼性の確保も必要であり、陰謀論と戦うのはもちろん、アメリカ政府がオサマ・ビンラディンの居場所を突き止めるためにビンラディンが潜んでいそうなパキスタンの山奥でワクチン接種を口実として公衆衛生班を活動させていた(注射針に付着した血液からビンラディンの血縁者を探り当てようとしていた)作戦など陰謀論に実体を与えてしまうような行為も厳しく禁止しなくてはいけない。