Volker Ullrich著「Fateful Hours: The Collapse of the Weimar Republic」

Fateful Hours

Volker Ullrich著「Fateful Hours: The Collapse of the Weimar Republic

ロシアや中国などで権威主義的な指導者が権力を握り、欧米の民主国家でも極右権威主義への傾倒が強まるなか、80歳を超えるドイツの大御所現代史家がワイマール共和政の成立と崩壊からナチスのファシズム体制への移行の歴史を書いた新著。

トランプ大統領やその周辺がファシズムの再来と呼ぶほかないような民主主義の破壊や政府の党派政治化、マイノリティの排斥、メディアや反対勢力への弾圧、個人崇拝の押し付けを進めるなか、ドイツではじめて民主主義を実現したワイマール共和政がファシズムに飲み込まれた歴史は参考になるかと思ったのだけれど、意外とあんまり参考にはならなかったり。というのも当時のドイツはドイツ革命やバイエルン革命により帝政が崩壊し第一次世界大戦に敗戦したばかりの国だったわけだし、ハイパーインフレーションから世界大恐慌に繋がる経済的な危機に晒されるなか、多党制による党派間の複雑な利害の対立が生じていたなど、現代アメリカとはだいぶ異なる。

あえて共通点をあげるなら、ヒトラーもトランプもはじめは主流の政治家たちによってナメられていて、かれらにうまく便乗して権力を手に入れられると思った保守や右翼の政治家たちが利用しようとしたところを逆に利用し返されたところとか、どちらもクーデター未遂を起こして政治生命を絶たれたと思われたところからより凶悪になって復活したところとか。どんなに矮小で無能な存在に見えてもファシストは潰せるときに完璧に叩き潰しておかないといけないな、とは思うのだけれど。2016年にトランプが大統領選挙に立候補したとき、「もしトランプが共和党の候補になっても当選するわけがないから、ヒラリーの当選を確実にするためにトランプを応援しよう」とか言ってるバカがわたしの周辺にもいたよなそういえば。まあわたしだって当時はトランプはよくいる普通のレイシストでレイピストだけどファシストとまでは思ってなかったので、あの危険を見抜けなかった点は同じか。

多党制なので政党や団体の名前がいろいろ出てくるし、ドイツ人の名前が覚えにくいので読むのにはけっこう苦労するのだけど、段階段階においてドイツの人たちがそれぞれどういう考えで行動し、その結果ナチスをのさばらせてしまったのか、考えさせられる。「いつどの瞬間に、どういう選択肢を取っていればナチスの台頭を防ぐことができたのか」という歴史家たちを悩ませてきた議論に結論は出ないけれど、その候補となりえた転換点はいくつも提示されており、現代のアメリカにおいて後世の歴史家たちに「あれが転換点だった、これが最後のチャンスだった」と指摘することになるポイントを見過ごすことがないようにありたい。