Serhy Yekelchyk著「Ukraine (What Everyone Needs to Know)」

Ukraine

Serhy Yekelchyk著「Ukraine (What Everyone Needs to Know)

ウクライナ出身でカナダの大学で教えている歴史学者による、ウクライナの歴史についての本。もともと2014年にウクライナで起きたマイダン革命とロシアによるクリミア侵攻を受けその背景を説明するために2015年に出版された本で、その後2016年の米国大統領選挙へのロシアの介入や「実際に介入したのはウクライナだ」とするトランプの事実無根な弁明、そして一度目の弾劾に繋がる、トランプが自分の再選を有利に進めるためにウクライナへの軍事支援を人質に取ってゼレンスキー大統領に圧力をかけた2019年の事件など、アメリカの国内政治においてウクライナが話題に上がることが増えたことを受けて追記された2020年10月発売の第二版。ロシアの本格侵攻を受けて第三版が近いうち出版されるかもしれないけど、これまで断片的にさまざまな記事で読んで学んできたウクライナの歴史を広いスパンで知ることができた。

カナダ在住の学者だけあってウクライナの民主化指向とヨーロッパ指向を支持する立場から書かれているけれど、「オレンジ革命やマイダン革命は西側の工作」「ウクライナの民族派はネオナチ」「ロシアの行動は米国やNATOによる挑発の結果」といったロシアが宣伝している議論に対して、ただ全面的に否定するのではなくそういう側面もなくはないと認めたうえで、それらの説明がごく一部の事実をことさらに広げて騒ぎ立てているだけであり、いまウクライナで起きている事態を説明し得ないことを説得的に説明している。またトランプやジュリアーニらトランプ側近が主張する「ウクライナによる米国選挙介入説」や「バイデンのウクライナ疑惑」があり得ない陰謀論であることもしっかり示している。

いま起きている戦争の背景としても、ロシアとウクライナの民族対立や東部と西部の地域対立ではなく国のあり方をめぐるウクライナ国内の論争にロシアが介入していることや、クリミアとドンバスの明らかな違い、そしてドンバスの住民の多くが抱く、ロシアとウクライナに振り分けられない独自のアイデンティティの歴史的な理由など、ニュースで読むより深く理解できたように思う。また、米国やNATOが軍事的に介入するべきかどうかという手段の問題は別にしても、欧米諸国にウクライナの独立を守る責任がある理由として、冷戦終結後に進めたウクライナの核廃棄など、ここ30年ほどのあいだの歴史的経緯があることもわかった。