Kris Manjapra著「Black Ghost of Empire: The Long Death of Slavery and the Failure of Emancipation」

Black Ghost of Empire

Kris Manjapra著「Black Ghost of Empire: The Long Death of Slavery and the Failure of Emancipation

サブタイトルにあるように、「奴隷制の長い終焉と奴隷解放の失敗」についての本。アメリカの小学校で習う歴史だと、かつてアメリカの南部には奴隷制があったけど、南北戦争を経てリンカーンが奴隷解放を宣言して奴隷とされていた黒人たちは自由になりました、という話なんだけど、これは単純化しすぎていて奴隷制廃止の歴史を正しく伝えていない––というのはもちろんまあ、ちょっとでも奴隷制についての本を読んだり高校以上の授業で教わったりした人は知っている話。この本は、アメリカ南部の奴隷制が廃止された(けれどその後また、黒人の就職機会を奪いながら黒人が無職であることを犯罪と規定し、逮捕された黒人を懲役刑で元奴隷所有者に貸し出す、みたいなかたちで実質的に奴隷制を再開させた)経緯だけでなく、それより前に奴隷制を廃止したアメリカ北部やイギリスやフランスなどヨーロッパの国において起きた奴隷制の「長い終焉」を詳しく解説し、どうして奴隷とされた人たちの子孫に対する金銭的・政治的賠償が必要なのか説得的に説明する。

アメリカ北部やヨーロッパ、カリブ海で起きた奴隷制の「長い終焉」とは、奴隷制を廃止する際にそれらの国が取ったさまざまな政策のために、法的な廃止が決まってから何十年も奴隷制が実質的に継続したことを指している。たとえば奴隷を解放すると宣言する一方で実際には抜け穴を作って奴隷所有者が奴隷を連れてまだ奴隷制が認められているほかの土地に行くのを認めたり、奴隷という財産の所有権を奪うかわりに税金から多額の補償金を与えその奴隷所有者が別の国でまた奴隷を買えるようにしたり、さらにその補償金を自由となるはずの奴隷本人に払わせるという口実で数年から数十年にわたって元奴隷所有者の下で働くことを強制したり、あるいは自由人として生きるためには訓練が必要だという口実でもともといたプランテーションで「研修」という名の数年から数十年続く強制労働を義務付けたり。「解放」時未成年だった元奴隷は国が養育費を支払って里親に育てさせる、という仕組みが取られた地域もあったが、元奴隷所有者が「里親」としてその子が成人するまで奴隷労働を強いたりもした。当時奴隷は単なる労働力ではなく所有者が持つ資本であり、当時の各国政府は裕福な市民の財産を一方的に没収することはできなかったし、そのつもりもなかった。リンカーンの奴隷解放宣言は戦時中という緊急事態だったからできたことだけれど、そのリンカーンも南北戦争が長期化し黒人義勇兵が必要になるまでは所有者に賠償金を支払って奴隷を解放させ、解放された奴隷は邪魔なのでアフリカに強制送還する、という政策を主張していた。

とくにイギリス帝国のように世界中の海外植民地に奴隷制を導入していた国が奴隷を解放するために奴隷所有者に支払った賠償金は巨額となり、その支払いは1833年から2015年までのあいだ200年近く続いた(ちなみにイギリス財務省は2018年にこの事実を「イギリスの納税者たちは多額のお金をかけて奴隷を解放した!」と誇らしげにツイートして批判されてた)。もっとひどいのは奴隷たちが革命を起こしてフランス人植民者を追い出し独立したハイチの例で、欧米各国はハイチの独立を承認せずフランスが再侵略をちらつかせて圧力をかけた結果、独立を認めるかわりに巨額の賠償金をフランスに支払うよう認めさせられた。この結果、1825年から1947年まで100年以上のあいだハイチの国民は最大で全所得の8割に相当する額を借金の返済として支払い続けた。

奴隷所有者から奴隷を「買い取る」形で奴隷制を「廃止」したイギリス帝国は、それによって奴隷を現金に変えた元所有者たちが帝国内のほかの事業に投資するよう仕向け、その結果イギリス植民地主義はさらに拡大した。とくにアフリカに対しては、アラブ人やアフリカ部族のエリートたちがほかのアフリカ人を奴隷として扱っている、として、キリスト教的道徳を教えて奴隷制をやめさせなければならないという口実でそれまで以上に侵略を進めた。またイギリス政府は大西洋で奴隷船を停泊させて奴隷を解放する政策を取ったが、「解放」された奴隷はさまざまな理由をつけてイギリス植民地での強制労働をさせられることが多かった。

こうした事態になってしまったのは、奴隷制廃止が奴隷とされた側による革命・自己解放ではなく(ハイチは革命だったが最終的にフランスに屈服させられた)、キリスト教的道徳を動機とした所有者社会の側による「解放」だったからだ。アメリカで奴隷制に反対していた白人慈善家たちの多くも、自分たちがかわいそうな奴隷を解放する、という考えから運動に参加しており、黒人と白人は平等であり奴隷制度は人間の尊厳に対する犯罪である、という認識を持っていた人は少数だった。こうしたなか、黒人たちは早くから、そして現在に至るまで、賠償を受けるべきは奴隷所収者たちではなく自分たち奴隷とされた側だと主張してきた。ハイチで2010年に大震災が起き膨大な被害が出た際には、ハイチが100年以上をかけてフランスに支払ってきた賠償金は不当だったのだからいまこそ震災復興のために賠償金を返還すべきだ、という議論も高まった。

こうした歴史からわかることは、奴隷制の被害者子孫による賠償請求は、決して過去の終わった話を蒸し返しているのではなく、200年前にはじまりいまも続いている「奴隷制の長い終焉」をついにわたしたちの世代で終わらせるために必要なことだということだ。ハイチだけでなくカリブ海のほかの国やアフリカ各国でも奴隷制への賠償を求める声は高まっており、2020年にはカリフォルニア州では奴隷制への賠償について議論する委員会を設置したし、アメリカ下院でも同様の法案が1989年から毎年提出されていながら無視されてきたけれど、2021年にはじめて委員会を通過した(まだ下院全体での採決はされていない)。賠償をめぐる今後の議論の前提として必読の本。