Vanda Krefft著「Expect Great Things!: How the Katharine Gibbs School Revolutionized the American Workplace for Women」
1910年代から1960年代まで上昇志向の強い(白人)女性たちに上級秘書としてのキャリアを開いた専門学校を設立したキャサリン・ギブス氏とその学校の歴史についての本。
学校を創設したキャサリン・ギブス氏本人はそれなりに財産のある家の生まれだったが、父親が遺書を残さないまま亡くなってしまったために兄弟に遺産を独占され、生活に苦しめられた。もともと企業の社長や重役などの秘書の地位は、企業幹部との繋がり、そして将来的なバックアップを求める野心的な若い男性がつく職業だったが、第一次世界大戦により多くの若い男性秘書たちが戦場に向かうと、ギブス氏はその後釜に女性を売り込むことを考える。仕事ができるだけでなく、会話で男性に癒やしを与え、優しくお茶を入れてくれる女性秘書の良さに企業幹部たちが気づけば、戦争が終わっても後戻りはできないだろうと。
さらに彼女がすごいのは、上級秘書に求められる上品さや文化的に洗練されたセンスは「作れる」と信じ、新たに設立した学校には有名大学の教授らをバイトで雇って文学や芸術、歴史、経済などについて教えさせるだけでなく、校舎にはアンティークや有名デザイナーの家具を揃え、生徒たちにはタイピングやスケジュール管理の実務だけでなく音楽鑑賞や美術鑑賞に参加させたり、一流シェフによる料理を貴重な皿や食器を使ってマナー良く食べさせるなどした。彼女たちに身に着けさせた上品なスカート、ハイヒール、白い手袋に大きな帽子という独特のファッションは、キャサリン・ギブス学校の卒業生のシンボルとなり、実力・内面ともに上流階級のあいだで働くのにふさわしい女性たちという印象を作り出すことに成功した。
安くない授業料を払ってでもキャサリン・ギブス学校の教育を受けたいと思ったのは、ギブス氏と同じようにそれなりに財産のある家に生まれ、当時増え始めていた女子大を卒業するなどしたものの、女性であるというだけで自分の実力にふさわしい職場に採用されずに悩んでいた野心的な女性たち。彼女たちはキャサリン・ギブス学校の卒業生という評判のブランドを手に入れ、重役秘書として企業に入り込み、そこからさらにそれぞれの道に羽ばたいていった。本書でも秘書として得た人脈を使って自分で事業を立ち上げた人、パイロットになりたいという夢を追った人、政治や社会改革の道を志した人などさまざまな人たちのプロフィールが紹介されている。
キャサリン・ギブス学校の卒業生たちは第二波フェミニズムの登場に先駆けてアメリカの企業社会で活躍の場を勝ち取っていったが、その第二波フェミニズムが遅れて登場してきたことにより、キャサリン・ギブス学校の役割は終焉を迎える。男性に媚びるのではなく女性が一人で強く生きるための手段なのだと言ったところで、キャサリン・ギブス学校が推奨するファッションや女性のあり方は、ありのままで平等に扱われることを求めるフェミニストたちからは旧時代的に見えたし、それが黒人女性やキャサリン・ギブス学校に通うための資産のない女性を無視していたのも事実。時代に追い越されてしまったキャサリン・ギブス学校は何度も違う経営者に買収され、そのたびに方針があちこちに迷走したのち、最終的に閉鎖された。
いまの社会にキャサリン・ギブス学校がないのはまあ当たり前だし、あってほしいとも思わないけれども、これだけ時代が離れると正当な歴史的評価ができるというもので、キャサリン・ギブス氏の先見の明はすごいとしか言えないし、上流階級社会をハッキングするような社会階層上昇志向も今となってはあっぱれ。まだまだおもしろい歴史はそこら中に埋まっているものだなあと。