Denis Mukwege著「The Power of Women: A journey of hope and healing」

The Power of Women

Denis Mukwege著「The Power of Women: A journey of hope and healing

女性への暴力に反対する運動が評価されて2018年にノーベル平和賞を受賞したコンゴ民主共和国のデニス・ムクウェゲ医師による本。先進国に比べてコンゴでは出産の際に死亡する母親が多いことに心を痛めそれを減らすために産婦人科医を志した著者が、近隣の紛争における戦時性暴力やそれ以外の(平時の)性暴力の被害者と向き合い、彼女たちを救うためには身体的な傷を癒やすだけでなく精神的なサポートや教育を含む経済的な機会の提供、そして社会における女性の地位向上や性暴力に関する意識改革が必要なことに気づき、活動してきたことが綴られている。武装勢力による組織的な誘拐や性暴力を批判し、性暴力の問題を見て見ぬ振りしたり海外からの支援を横領する腐敗した政府を告発したことで、国連でのスピーチを中止するよう脅されたり、実際に襲撃され命を脅かされたりするなか、それでも国外移住の機会を蹴ってコンゴで活動を続ける著者の覚悟と責任感がすごいし、かれと一緒に活動している医療関係者やその他の支援者たち、そしてそれに加わるサバイバーたちもすごい。かれの活動についてはChristina Lamb著「Our Bodies, Their Battlefield」でも詳しく触れられている。

ルワンダなど近隣の紛争に関連した性暴力の凄惨さとサバイバーの苦しさを描写しつつ、コンゴを「世界のレイプの中心地」と呼ぶ先進国の視線に対しては豊かで平和な先進国でも多数の性暴力が起きていてサバイバーは孤立させられているとして、その両者の背景に女性に対する差別や偏見があると指摘する。本の後半では、はじめ自分はあくまで医師でありアクティビストではないと思っていた著者が、自分の活動が世界に注目されつつあることを知り、広報係として積極的にサバイバーたちの声を世界に伝える運動にも力を入れるようになる。そこで知り合った「The Vagina Monologues」著者のV(旧イブ・エンスラー)さんとの話は少し意外で、ちょっとダメなところばかり見えていたVさんを少し見直した。

中盤で一箇所だけ、性暴力加害者となった少年の話が出てくる。かれはムクウェゲ医師を訪ねて、自分は少年兵として武装勢力に勧誘され加入し抜け出して来たが、生活に困っているので事業をはじめる資金を援助してくれ、と要求してきた。どうして自分の故郷に帰らないのだ、と聞くと、少年はこう答える。武装勢力に入ってレイプや殺人など何度もやったが、本当に仲間になったと証明するために自分の出身の村を襲うのに参加させられ、見知った人たちを傷つけた、自分の母親も殺しはしなかったけど傷つけた、と。トラウマを抱える女性をたくさん診てきた著者には、それが作り話ではなく少年のトラウマになっていることがはっきり見て取れた。しかし著者は安易に「かれも被害者だ」とは言わない。少年が置かれた状態の背後には当時のコンゴ社会の状況があったことを認めつつ、かれは自分がおかした罪を反省している様子もなければ被害者への償いをしたいという気持ちもなく、ただただ自分の不幸への同情を求めていたと厳しく指摘する。豊かで平和な先進国においても、加害者となる人たちにはそれなりの社会的な背景がもちろんあるけれど、本人が自分の加害行為に向き合い、責任を認め、被害者に償う気持ちを持たなければ、第三者が安易に「理解」を示したところで事態は改善しない。これは一つの例だけれど、このように著者が一貫して女性やサバイバーの側に立っているので、男性フェミニストの書いた本にしては珍しく安心して読むことができた。

終盤に向けて著者の国際社会における女性の地位向上のためのさまざまな活動の話が出てくるのだけれど(元日本軍「慰安婦」の人たちの活動や彼女たちとの交流についても書かれている)、Vさんやクリントン財団との関係を含め、欧米の主流派フェミニストに追従しすぎている気はした。たとえば性暴力は単に法律上違法にするだけでなく、実際に取り締まりや処罰の対象とされなくてはいけない、と繰り返し力説しているけれど、アメリカの非白人フェミニストたちをはじめ多くのマイノリティ側のフェミニストたちが性暴力への取り組みの中心に刑事司法制度を据えることに反対していることには触れられていない。スラットウォークやMeToo運動についても、非白人フェミニストから批判もある、ということを一言だけ紹介するけれども、具体的にその議論を説明してもいない。性暴力の加害者がほとんどまったく責任を問われずサバイバーだけがスティグマを負わされている社会と加害者がそこそこペナルティを負わされサバイバーに対する支援がより整っている社会では必要とされる施策は異なると思うので、コンゴにおいてさらなる取り締まりや処罰が著者が必要だというならまだわかるけど、一般論としてより処罰した国のほうが進んでいるとは思わないのだけれど。

著者のノーベル平和賞受賞講演が(同時受賞のナディア・ムラドさんのそれと一緒に)。翻訳されて朝日新聞サイトに掲載されているので是非読んで。