Tiffanie Drayton著「Black American Refugee: Escaping the Narcissism of the American Dream」

Black American Refugee

Tiffanie Drayton著「Black American Refugee: Escaping the Narcissism of the American Dream

カリブ海のトリニダード出身の黒人女性である著者が、先に米国に移住してメイドとして働いていた母に呼び寄せられて米国で育ち、母が必死になって彼女に与えようとしたアメリカン・ドリームを追求するも、米国で黒人が見させられている夢や希望の虚構と暴力性に気づき、トリニダードに帰った経験を綴った本。母親は上昇志向が強く、自分の子どもたちに最高の機会を与えようと一人渡米し、準備が整ったあとに子どもたちを呼び寄せ、貧しいながらもかれらができるだけいい学校に通えるような地域を選んで住み、またメイドをしながら看護師の資格を取り自宅を買おうと奮闘した人。その結果、著者は白人中流家庭の子どもたちが多く通う学校に通いきれいなユニフォームや設備を使えるテニスやサッカーの課外活動に参加し(母親は娘に上流階級のカルチャーに触れさせるためにテニスを猛烈にプッシュした)、また別のときには母親の転職の都合で貧しい黒人の子どもが多い学校に転校して使い古しのユニフォームを着せられたり。そのときによって裕福な白人たちのなかにいる一人だけの黒人だったり、地元出身の黒人たちとは異なるアクセントや文化的背景を持った移民の子どもだったりして孤立を経験しながら、「いい大学」を出て「いい仕事」に就くことを夢見るようになる。

しかし彼女は白人社会と黒人社会のそれぞれから疎外されながらそれぞれを観察するうちに、自分が追っているアメリカン・ドリームが虚構であり、黒人たちの成功を妨げると同時に、それはかれらが努力しなかったからだ、能力がなかったからだ、と非難するための仕組みであると気づくようになる。アメリカは歴史を通して、南北戦争のあとのリコンストラクションなり、1960年代の公民権法や投票権法の成立なり、あるいは2008年と2012年のオバマの大統領当選なり、たまに黒人たちがアメリカン・ドリームに近づいているという希望を与えてくれるけど、それは暴力をふるうパートナーの男性がたまに花を買ってきて愛を囁いてくれるように、アメリカが根本的な部分で白人至上主義を維持し続けるためのナルシシスティックな支配の一部だと彼女は気づく。彼女は実際に二人の子どもを一緒に持ったパートナーの男性に「ナルシシスティックな支配」という形のドメスティック・バイオレンスを受けたことで、彼女は個人的な関係において受けた支配とアメリカという国による支配の共通性を否応なく理解したのだ。

最終的に彼女は家族らとともにトリニダードに戻るが、その後起こったコロナウイルス危機によりアメリカの黒人たちが多く亡くなったことや、ジョージ・フロイド氏ら警察による黒人市民たちの殺害が相次ぐ状況を知り、またそれらに直面している米国に住んでいる黒人の知り合いたちの話を聞き、自分はアメリカ合衆国からの難民なんだ、と認識した。トリニダード・トバゴは奴隷貿易時代に連れてこられた黒人奴隷や1812年戦争で「奴隷から解放する」というイギリスの約束を信じてイギリス側で参戦したアメリカの黒人たちの末裔がインド系移民とともに人口の大半を占め、また石油などの資源にも恵まれているために南北アメリカでは米国・カナダに次ぐ豊かな国。一時は彼女が信頼し人生を捧げようとしたアメリカン・ドリームという支配からトリニダードに逃れることができた彼女の経験は、アメリカの黒人たち自身すらなかなか意識できないほど日常的に黒人たちがどれだけ迫害されているのか、アメリカへの、そしてアメリカからの移民として、そして一人の黒人女性としての彼女の経験(と彼女の母の経験)は、その美しい文体とともに、普段は近すぎて見えなにくい現実をクリアに見せてくれる。