Shon Faye著「Love in Exile」

Love in Exile

Shon Faye著「Love in Exile

(わたしの紹介がきっかけで)邦訳もされた「トランスジェンダー問題」が世界中で話題となった著者が、自身の過去を振り返りながら男性に性的・恋愛的な関心を寄せるトランス女性として疎外感を感じてきた愛と性、セックス、欲望、異性愛の悲劇について語る本。アメリカでは5月に発売予定だが、イギリスで今月すでに発売されているので電子書籍で入手して読んだ。

アドバイスコラムも執筆している著者が、自身の若いころの間違った思い込みやイタい行動も包み隠さず明かしつつ、世にあふれる理想化された異性愛のイメージに憧れつつ疎外されてきた経験と、その背景にあるミソジニー、トランスフォビア、そしてトランスミソジニーについて考察する。異性愛主義において女性が男性の性欲の対象として客体化されるメカニズムをトランス女性を追い求める「チェイサー」に適用したり、同じ男性に性的・恋愛的な欲望を向けるにしても自身がまだ(不本意ながら)男性として扱われていた時期に相手にしていたゲイやバイセクシュアルの男性と、女性として生きるようになって関わるようになった異性愛男性ではいろいろな違いがあったこと、出会い系アプリが異性愛者たちによりクィア的な出会いを広げることになったという話など、興味深い指摘が続く。まあファイアストーン以来のフェミニズム論者たちを引用しているように、わたし的にはそれほど新規性はないのだけれど、トランス女性がフェミニズム理論をどう使うか、というのは個人的に興味があるので良い。

以前セルフエスティームの低さからアルコールに依存するようになり、知らない男の部屋で目を覚ますことも多かった著者が、依存症を人格上の問題や罪だとする考えに対抗して主張される病理モデルに一定の支持を与えつつも、病理として理解することは依存症が生じる社会的な背景を無視していると指摘。多くの人が嗜好としてアルコールや薬物を使用するが依存症にはならないのに対し、トラウマや社会的な困難・困窮を抱えている人が生き延びるためにアルコールや薬物を使って辛さを紛らわしているうちに依存症になってしまうというよく見るパターンは、依存症を個人の病理として扱うことの限界と不公正さを示している。

愛についての著者の思索は、性的・恋愛的なパートナーにとどまらず、トランス女性として疎外されつつ女性失格の理由とされる「母親」としての愛や、恋愛対象より親密になることも多い友情関係、さらには自然への愛や信仰上の神への・神からの愛にまで及ぶ。「トランスジェンダー問題」とはかなり毛色が異なるが、前著の成功によりこの本の企画が通ったのだとしたらおめでとうと言いたい。