Sasha Abramsky著「Chaos Comes Calling: The Battle Against the Far-Right Takeover of Small-Town America」

Chaos Comes Calling

Sasha Abramsky著「Chaos Comes Calling: The Battle Against the Far-Right Takeover of Small-Town America

コロナウイルス・パンデミックや選挙不正、トランスジェンダーなどに関する陰謀論が街に広まり政治を掌握してしまった、ワシントン州セクイム市とカリフォルニア州シャスタ郡という2つの小さなコミュニティを舞台に一体なにか起きたのか、それに人々がどう立ち向かったのか、ベテラン政治ジャーナリストが解説する本。

これらのコミュニティはもともと保守的な白人の住民が多い土地柄であり、大都市のエリートに対する反感や不審は以前から広がっていたが、それが陰謀論を携えた暴力的な政治活動につながったのはコロナウイルス・パンデミックがきっかけ。ロックダウンに対する反発から「COVIDは白人を殺すためにユダヤ人と中国人が作った生物兵器だ」から「パンデミックはロックダウンやマスク義務化を通して全体主義を導入するためのフェイクニュースだ」まで、どう考えても相互に矛盾するさまざまな陰謀論が広がり、住民の命を救うために必死になって仕事を続けていた公衆衛生や政府の関係者、さらには政府のガイダンスに従って客にマスク着用を求める店舗に対する攻撃や殺害予告が頻発するように。

さらにミネアポリス市で起きたジョージ・フロイド氏の殺害をきっかけにブラック・ライヴズ・マター運動が全国に広がると、これらの街でもBLMデモが企画されるが、すぐに「大都市から黒人テロリストやアナキストがやってきて白人を殺害する」というデマが広がる。セクイムはシアトルから一部フェリーに乗って車で2時間西にいったところにあるけれど、もちろんわざわざシアトルからセクイムのBLMデモに参加する人なんて皆無で、実際に行われたデモは地元の人たちが平和的に行進するだけの小規模なものだった。さらに選挙結果をやワクチンをめぐる陰謀論を通して極右運動は力を増し、続いてトランスジェンダー女性を脅威とみなし学校の図書館が子どもたちにポルノを見せてグルーミングしているという事実に反した陰謀論によって学校区が政治化される。コロナウイルス対策の先頭に立っていたある公衆衛生の専門家は、シスジェンダー女性であるにもかかわらず、女性のふりをする男性だと事実に反するデマを流され、グルーマーとして攻撃された。

こうした動きが行き来ったあとで2023年にはセクイムで陰謀論を否定する側の人たちが市政を取り戻し、また2024年にはシャスタ郡で陰謀論に基づいて投票に使う機械を買い替えさせるなどの損害を与えた首長がリコール選挙にかけられ紙一重で解職を逃れたものの議会の仲間を失い、また本人も陰謀論を大っぴらに主張することは避けるようになった。とはいえ、コロナや大統領選挙についてのデマは時間がたつことで落ち着いてきたのはわかるけど、トランスジェンダーに対する攻撃はどうなの?と不安になる。

あとこれは本書の中では些細なことかもだけど、本書ではこれらの街でオピオイド依存に対する施策で議論が分かれている話が書かれていて、そのなかでオーバードーズを防ぐための緊急医薬を常備する「Leave Behind Bupurenorphine」というプログラムに触れているのだけど、これは「Leave Behind Naloxone」の間違いだよね。buprenorphineはオピオイド(部分作動薬)の一種でオピオイド依存の治療のために使われているけど、オーバードーズが起きたときに緊急で使われるのはオピオイド拮抗薬であるnaloxone。本書の内容に大きく関係する間違いじゃないのだけど、出版前にファクトチェックがどれだけなされているかという信頼性に関わるので気づいてほしかった。