Ruth M. Glenn著「Everything I Never Dreamed: My Life Surviving and Standing Up to Domestic Violence」

Everything I Never Dreamed

Ruth M. Glenn著「Everything I Never Dreamed: My Life Surviving and Standing Up to Domestic Violence

「全国反ドメスティック・バイオレンス連盟」(NCADV)の代表を務める著者が自身が経験した激しいDVの話を絡めつつ、反DV運動の現在の展開や考え方を広めようとする本。

黒人ミックスの著者は白人の母に育てられ、大人になって出会った男性と結婚、子どもを出産。しかしかれは暴力的で、自分だけでなく息子の命が危ういと感じた著者は密かに新たな銀行口座を作り貯金をはじめるなど計画的に逃げ出すが、怒った夫は彼女と息子を探し出し銃を突きつけ誘拐。その際夫は警察に逮捕されるも、銃の不法所持にしか問われずにすぐ釈放された。そして夫はまた彼女の前に現れ、彼女に数発の銃弾を浴びせる。この段落、めっちゃスピーディにまとめちゃったけど、もちろん実際はこの数十倍いろいろ起きていて、彼女が自分と息子を守るためにできることを全部やったけど、社会が彼女と彼女の子どもを見放したことが本の前半でみっちり書かれている。夫は刑務所送りを嫌がりのちに自殺。

母子ともに精神的なトラウマを抱え生活はズタズタに切り裂かれたけれども、加害者が自殺したことにより一応の安全を手に入れた著者は、まずは反DV団体で事務の仕事を手伝うボランティアからはじめ、反DV運動に関わっていく。転機となったのはアメリカでDVについての世間一般の認識が変わったO.J.シンプソン事件。事件そのものは警察による不正捜査や捜査官の人種差別発言などの問題が関わりグダグダな結末を迎えたけれども、残念なことに「黒人(男性)か(白人)女性か」が対立軸となってしまった事件の報道のなかで、著者は黒人女性DVサバイバーとして自分の経験をメディアで語りはじめる。

その後彼女はDVについて学ぶプログラムで学位を取ったりコロラド州の反DV団体や州政府内のDV対策部門で経験を積み、反DV運動のリーダーの一人とみなされるようになる。オバマ政権時代にはホワイトハウスで行われた「女性に対する暴力法」(VAWA)関連の式典に招かれ、オバマ大統領のスピーチでも彼女の証言が言及されるなど、全国的にも注目を集めるように。そしてついに、長年NCADVの代表を務めたリタ・スミスに代わってNCADVのトップに。最近ではVAWAの立役者の一人でもあるバイデン元副大統領が大統領候補指名を受けた2020年民主党大会にも招かれて演説した。

NCADVは2000年代にわたしが深く関わっていた団体でもある。本書でも書かれているように、NCADVは以前連邦政府から助成金を受け取っていたが、レズビアンの権利を支持していたことが議会共和党に問題視された(共和党は理事のうち何人がレズビアンなのか調査すらしようとしてた)ことをきっかけに助成金を返納、いらいメンバーからの会費と民間の寄付で運営されている全国団体。レズビアンの権利を早くから支持していただけでなく、発足してすぐに非白人女性のグループが内部に出来ていたし、2000年頃にはトランス女性への支持を決めていた。また、専門家ではなくサバイバーが運動の担い手になるべきだという考え方を根強く持っていて、次第に専門化されていく反DV運動のなかでサバイバー中心の考えを堅持している。黒人女性でなおかつサバイバーである著者が最高責任者に任命されたのもそういう背景があってのことだ。

とはいえ内部で問題がないというわけではなく、人種差別の訴えもあったし、不正ではないのだけれどうまく運営しているとは言えない部分も多々あった。そのあたり、著者はほんの少しだけほのめかす感じに書いていて、わたしは実情を少し知ってるから読み取れたけど、そうでない人は気づかない程度かもしれない。ある意味なつかしい思いをしたとともに、最近あんまり関わりが亡くなってしまっているNCADVがいまでもサバイバー中心の活動を続けていることを確認できて嬉しかった。

本の終盤は、DVについてどういう取り組みが行われているのか、なにが必要なのか、DVをなくすためにわたしたちはなにが出来るのかなど説明。反DV運動内でさまざまな意見がある問題、たとえば被害者の訴えがなくてもDV加害者を逮捕・起訴すべきかどうか、刑事罰は適切なのかどうか、修復的司法はどうか、銃規制をどうすべきなのか、などの問題にも触れていて、彼女自身の考えを書くというよりはそれぞれの意見についてきちんと紹介している感じ。わたし的には穏健的すぎて物足りないのだけれど、DVについて学びたい、考えたい人にはお勧めなバランスの取れた本。ただし表紙デザインした奴、もうちょっと工夫しろ。