Rossi Anastopoulo著「Sweet Land of Liberty: A History of America in 11 Pies」

Sweet Land of Liberty

Rossi Anastopoulo著「Sweet Land of Liberty: A History of America in 11 Pies

アメリカ人が大好きなパイを通してアメリカの歴史を語る本。いやまじで。

「as American as apple pie」(アップルパイと同じくらいアメリカ的な)という表現があるほどアメリカを代表するパイであるアップルパイをはじめ、11の章でそれぞれ異なるパイについて歴史と絡めた話をしたあと、再びアップルパイとアメリカのアイデンティティの話に戻してまとめる内容。各章ごとにレシピも載せられている。

それほどまでにアメリカ的だとされるアップルパイだけれど、甘いリンゴをヨーロッパからの移住者が持ち込むまではアメリカ大陸にはクラブアップルと呼ばれる小さな酸っぱいリンゴしかなかった。伝説となっているジョニー・アップルシードの物語からもわかるように、リンゴ栽培の拡大はアメリカの植民、そして西武拡張の歴史と繋がっている。第二章で取り上げられているパンプキンパイもアメリカでは「飢えていたヨーロッパ人入植者にアメリカ先住民が食べ物を与えたことに感謝してはじまった」とされる感謝祭の物語とともに記憶され、その時ヨーロッパ人が連れていた通訳が以前の航海でかれらに捕まえられ奴隷とされた先住民だったことや、ヨーロッパ人による先住民に対するジェノサイドを、感謝祭の伝説が広めている入植者と先住民が仲良く食事を分け合ったイメージが覆い隠している。

第三章の糖蜜パイは砂糖の副産物として生成されラム酒の原料ともなる安価な糖蜜(モラセス)を使った安上がりなパイ。当時高額で取引されていた砂糖を作るために多数のアフリカ人たちが奴隷としてカリブ海や北米に連れてこられ、過酷な労働を強いられたが、ごくたまのお祝いの日などに糖蜜パイが奴隷とされた人たちにふるまわれたことも。第四章のスイートポテトパイも同じく当時安く奴隷に与えられることが多かったスイートポテトを使ったパイで、黒人コミュニティでは今でも定番。

少し飛んで第七章では大恐慌時代に流行った、リンゴを使わずにクラッカーで代用するパイが登場。まあそもそもアップルパイの味の大部分はスパイスなわけだけど、そうだと言われないと気づかないくらいアップルパイに似ているらしく、今度ためしに作ってみたい。第八章ではジェロー(ゼリー菓子)パイが扱われ、食料品生産の産業化や家庭内における女性の役割の変化といったトレンドとともに語られる。

第九章ビーンパイは日本ではあまり知られていないと思うけど、マルコムXによって勢力を拡大したネーション・オブ・イスラムが「正しい食生活」と奴隷文化からの決別を訴えてスイートポテトパイに代わって奨励したのがビーンパイ。シアトルではあんまり見ないけどシカゴとかでは道端でNOIの人が機関誌とともにビーンパイを売ってたりする。第十章は1980年代に覇権的男性性に対するサタイアとして書かれベストセラーになった「Real Men Don’t Eat Quiche(本当の男はキーシュを食べない)」に絡んで、キーシュがどうして男性性を脅かす存在となったのか分析。

第十一章は豆腐クリームパイ。1970年代に政治的なプロテストの手段として政治家や大企業の経営者などの顔にパイをぶつける活動について書かれている。フランツ・ファノンが提唱しマルコムXが広めた「by any means necessary(必要などんな手段を取っても)」というスローガンの一部を変えた「pie any means necessary」というハンドブックではどのようなパイがいいのかなど論じられ、豆腐を材料にしたビーガンのパイのレシピなどが掲載された。ちなみにちゃんと美味しいらしい。

短い本なんだけど、歴史の要点を抑えつつおもしろい話題がいろいろ書かれた美味しい本。