Quill R. Kukla著「Sex Beyond “Yes”: Pleasure and Agency for Everyone」

Sex Beyond "Yes"

Quill R. Kukla著「Sex Beyond “Yes”: Pleasure and Agency for Everyone

ノンバイナリーのフェミニスト哲学者が、性的合意の機械的な解釈の限界を指摘しつつ、セックスに参加する当事者たちの相互尊重と快楽追求を可能とする社会的なスキャフォールディング(建設現場に設置される足場)を論じる本。

性的合意はもちろん性暴力を防ぐために必要なものであり、良いセックスのための最低条件ではあるけれども、性的合意の存在は良いセックスを保証しない。また見かけ上合意があったとしても社会的・心理的な圧迫や経済的な必要に迫られてのことであることもあるし、法的には合意能力が疑わしく見えても双方がお互いを尊重したセックスが行われることもある。機械的に合意の有無を判断すると、前者の形式的な合意を認めつつ、不完全な合意に基づく後者の関係を性暴力と断じてしまうことになる。

伝統的な性倫理の解釈は、男性は常にセックスを求めており、女性は自分の大切な貞操を安売りしないよう守るという考えに基づいていたが、両性の平等と性的合意の必要性を訴える側はその認識の大部分を温存したまま、女性が自分のために誰とどういった行為に合意するか選ぶことを推奨し、男性がその選択を尊重するよう求める。しかしそうしたアプローチは性の多様性に対応できないだけでなく、性的合意を法的な履行義務とみなす考えや、逆にセックスをする際は個々の行為や接触について細かく相手の合意を求めなければ性暴力であるという非現実的なルールに繋がったりする

著者は性的合意という概念は必要なものだが当事者同士がお互いを尊重し双方(全員)にとって有益な結果をもたらすには不十分だとして、より良い性的関係を手にするための「足場」を主張する。それは経済的にお互いが相手に過度に依存しないための社会基盤であったり、セーフワードの導入を含めた事前の交渉と話し合いだったりするけれど、おおむね妥当な内容。BDSMの関係について一章を割き、BDSMコミュニティがそれ以外の人たちも参考にするべき明示的なコミュニケーションを行き届かせようとしている取り組みを紹介するが、セックスやロールプレイのシーンを離れて対等に向き合う「外部」のない全関係性的な主従関係については批判的。

性を市場や法的契約の論理で考えるべきではないとしつつ、実際に性が市場や法的契約として扱われる性労働の現場についての章ではその例外を認め、より明快なルールに基づく取り決めを主張する。たとえば合意あるセックスの最中であってもいつでも合意を取り消し止めることができる、というのは性的合意についての原則だが、性労働の現場においてそれはどういう意味を持つのか。契約だからどんなことがあっても客とのセックスを途中で止めることは許されないという考え方が許容できないのであれば、はじめから契約のなかに性労働者の側の都合で中断するときの取り決めを盛り込んでおくべき。それは市場や法的契約の論理の否定ではなくむしろその徹底によって性労働者の権利と尊厳を守ろうとする立場であり、本書の中では異色。

このように本書は、性的合意とその他のさまざまな合意との違いや共通点、性的合意を単なる法的な義務ではなく当事者たちがお互いを尊重し望むものを手にするための道具として扱うために必要な「足場」などについて興味深い論点がいくつも展開されている。ノートン・ショーツという、ノートン社が出版する短い本のシリーズ(日本でいうところの新書のようなもの)の一冊だけれど、短いながらにほかにも多様な議論が詰め込まれていて満足がいく内容。