Perry Zurn, Andrea J. Pitts, Talia Mae Bettcher, & PJ DiPietro編著「Trans Philosophy」
哲学の新たなフィールドとしてのトランスジェンダー哲学の枠組みとその内容についてのトランス哲学者オールスター的な人たちによる論文を集めた論集。
ここのところ、世の中で極右運動や一部のフェミニストによるトランスジェンダーへのバッシングが広まるなか、哲学界では、これまでトランスジェンダーにもクィアにもフェミニズムにも関心がなかったシス男性哲学者たちらが突然トランスジェンダーの哲学的検討に興味を抱き、トランスジェンダー当事者の実存を無視するだけでなく、既存の文献やこれまでの議論の蓄積を一切踏まえないまま、トランスジェンダーについて観念的に取り上げた論文を書いたり、すでに何周も周回遅れになっている古臭いヘイト言説を「世間の常識を揺るがす新鮮な批判的視点」みたいに持ち上げたりすることが増えている。本書はそうした哲学業界の知的怠慢を告発し、トランスジェンダー哲学がどういう方向に進んできたのか、進んでいこうとしているのか指し示す。
トランスジェンダー哲学とはなんなのか、というBettcherの議論にはじまり、トランスジェンダー哲学はジェンダーと人種、階級、障害といった社会的構築との関係をどう解釈するのか、トランスジェンダーとシスジェンダーの二分法が非現実的で不十分だとしたらトランスジェンダーという言葉はどういう意味を持つのか、トランス女性にとっての美醜と生存の関係は、ミスジェンダリングとは一体なんなのか、などさまざまな論点について、本書に含まれる14本の論文は議論を展開させる。個人的には、彼女がオレゴン大学の大学院生だった頃に知り合ったAmy Marvinさんによるトランス女性が「笑われる」事象についての論考や、Marie Drazさんの「生物学的性別」とは何なのか、それがどのようなジェンダーや人種的な政治によって形作られているのか、という議論が特におもしろかった。
最後に掲載された南米のトラベスティについての論文は、そのトピック自体で一冊の本が必要だと思うし、この本に収録するのはちょっと無茶だったかなという気がするのだけれど、ちょっと無茶してでも人の目に触れるところに紹介しておきたいということなのかもしれない。「Side Affects: On Being Trans and Feeling Bad」や「Queer Embodiment: Monstrosity, Medical Violence, and Intersex Experience」の著者のHil Malatinoさんの論文も読めて良かった。