Mark Chiusano著「The Fabulist: The Lying, Hustling, Grifting, Stealing, and Very American Legend of George Santos」

The Fabulist

Mark Chiusano著「The Fabulist: The Lying, Hustling, Grifting, Stealing, and Very American Legend of George Santos

学歴や職歴など何もかも嘘を付きまくって連邦下院に当選し、明日か来週にも議会の2/3の賛成により議会を除名される史上6人目(南北戦争で反乱側に加担して除名された議員を除くと史上3人目)となりそうなジョージ・サントス下院議員(現時点)についての本。

トランプとかマージョリー・テイラー・グリーンとかこれまでのアメリカ政治にいなかった異質な存在が増殖しているいまの共和党でも飛び抜けて無茶苦茶なのがこのサントス議員。エリート私立大学卒という学歴やウォールストリートの有名な金融会社を渡り歩いたという経歴が全てまったくの嘘だっただけでなく、祖母がホロコーストを逃れたユダヤ系ウクライナ人だったとか(実際はブラジル生まれのカトリック)、2001年の同時多発テロ事件で崩落したツインタワーの金融機関に母が勤務していた、2022年にオーランドのナイトクラブで起きた銃乱射事件で自分の会社が雇っていた社員四人が亡くなった、など大小さまざまな嘘をつきまくり、しかもよく知りもしないことについて嘘をついたためボロが出まくり、ついには詐欺など23件の罪で起訴され、下院倫理委員会の調査でもさまざまな不正が認定された。

次から次へと嘘をつくお騒がせな人物といえばトランプとよく似ているけれど、もともとお金持ちの家庭に生まれ親のお金で事業をはじめたトランプとサントスが大きく違うのは、かれが貧しいブラジル人移民家庭の子どもとして、そして早くからゲイであることを自覚した「男らしくない」男の子として、苦労を重ねたアウトサイダーだという点。サントスは幼いころからファッションや自分の外見を磨くことにただならない興味を持ったけれども、そうした欲望を満たすためのブランドやコスチュームにはなかなか手が届かない。母とともにブラジルに戻った若いサントスは地元のプライドイベントやパーティなどにドラァグクィーンとして参加するために、そして生活のために、亡くなった人の銀行口座を使って買い物をするなど細かい犯罪に手を染めていく。

それにより逮捕されたかれの将来を心配した母親がかれを連れて再びアメリカに移住するも、大人になったサントスはほかのブラジル人移民らを助けるふりをして自分のアパートに入居させ搾取したり、移民ビザ目当ての偽装結婚を指南するなど悪事を続ける。サントス自身も移民女性と結婚し、相手の女性が永住権を取得したあとすぐに離婚しているが、過去に女性と結婚していた事実は長らく伏せられていた。コールセンターで最低賃金に近い仕事をしながら周囲には大金持ちであると豪語し同僚からお金をだまし取ろうとするなど、病的としかいいようがない嘘と騙しは続く。

サントスの両親は極右政治家として頭角を現し2019年にブラジル大統領になったジャイール・ボルソナーロの熱烈な支持者で、ボルソナーロが公にゲイは射殺するべきだと発言していたにも関わらずサントスは子どものころからかれを英雄視していた。ボルソナーロと同様の率直な極右的な物言いでドナルド・トランプがアメリカで大統領になると、サントスは政治に目覚め、共和党の地元支部に参加しはじめる。2020年の選挙では民主党現職が強すぎるため有力な共和党政治家が誰も立候補しようとしないニューヨーク州ロングアイランドの選挙区で候補として名乗り出て、予想されていた通り落選したのだけれど、その年はコロナウイルス・パンデミックのなかトランプ大統領の続投が問われた特殊な選挙が行われた年。

この年、民主党は投票所での混雑を避けるために支持者に早めの郵便投票を呼びかけた一方、共和党支持者たちのあいだではコロナに対する懐疑論や陰謀論が渦巻いていただけでなく、トランプが「郵便投票は不正の温床」とさかんに宣伝したこともあり、共和党支持者の多くは「あえて」選挙当日に投票所に集まった。開票作業は郵便投票より先に当日投票を開票する仕組みになっていたため、最初の途中経過報告ではサントスのほうが得票が多く、開票が進むにつれどんどん差が縮みついには民主党現職が逆転、そしてさらに差をつけられていく様子を見たサントスは、「選挙不正がいままさに行われている証拠だ」と騒ぎ出し、選挙結果を再検証するために必要となる資金を寄付するよう呼びかける。これが「不正によりトランプの再選が阻まれた」と信じるトランプ支持者たちから共感を呼び、全国から多額の資金が集まったが、こうした資金は選挙結果の検証には使われず(そもそも得票差が大きすぎて検証するまでもなかった)、サントスの個人的な消費やその他の不明瞭な用途に流れていった。政治資金規制によって200ドルを超える支出にはレシートを保存するなど記録を残すことが義務付けられているのだけれど、サントスは199.99ドルの食事や買い物を繰り返し、中には駐車場の使用料金に199.99ドル支払う(と報告したけれどレシートなどの記録はなし)など、どう料金を組み合わせても絶対その額にはならないものも。かれが次の選挙で当選したのち起訴されたのも、倫理委員会で不正を指摘されたのも、こうした選挙資金の用途に問題があり政治資金を私物化していたという点が大きい。

よくもまあこんな無茶苦茶な人物が当選してしまったものだ、共和党は、対立候補の民主党は、そしてメディアは、どうしてちゃんと調べなかったのだろうか?と多くの人は思ったけれども、実際のところまさかここまでとは思わなかったとしても、著者によればサントスが議員に不適格であることは両党やメディアのそれぞれがきちんと把握していた。もともとこの選挙区では民主党現職が強かったので有力な共和党の政治家は立候補しようとしなかったため、共和党はサントスでもまあいいか、と判断してかれを止めようとはしなかっただけで、全国共和党はかれを積極的に支援はしなかったし、民主党もサントスのスキャンダルをいくつか掘り起こして一応指摘したけれども大々的にネガティヴキャンペーンを実行するには宣伝費がかかりすぎるしそもそも2020年は民主党現職が圧倒的に強かったのでそこまで必死にサントスを潰そうとはしなかった。2022年の選挙では現職議員が知事選に出るために下院選挙には出なかったけれども、これまでずっと民主党が圧勝してきたから新人でも大丈夫だろうと甘く見てしまった様子。また本書の著者をはじめ地元のジャーナリストたちもサントスの問題をいくつも掴んで記事にしたけれども、地方メディアの予算が削減されるなか掘っても掘っても底が見えないサントスの汚点をそれ以上調べるのにそこまでお金をかけられなかった。

どう考えても議員になるべき人じゃないし、自分の周囲にいたらと思うとおそろしいのだけれど、何も持たないアウトサイダーが口先と度胸だけで成り上がる悪役の出世物語としてはそれなりに魅力的なキャラクターに見えなくもない。実際、「たしかにサントスは嘘つきだが、かれよりも巧妙に嘘を付き国民を騙す政治家はほかにいくらでもいるじゃないか」という擁護論もあり、まったくの間違いというわけではないような。とはいえ、ホームレスの退役軍人にかれの支えとなっている愛犬の手術費用を集める手伝いをすると言って近づきクラウドファンディングしたけど集まった寄付を持ち逃げして犬を見殺しにした部分など、そんな映画みたいな悪役エピソード実際にあるんだと唖然とする。