Marcus McCann著「Park Cruising: What Happens When We Wander Off the Path」

Park Cruising

Marcus McCann著「Park Cruising: What Happens When We Wander Off the Path

LGBTの権利や性的自由に関係する裁判に関わってきたカナダの弁護士が、いわゆるハッテン場、すなわち不特定多数の男性が性的関係を求めて出会える公園などの公的な空間の社会的な意味と、そうした空間に対する警察や行政による取り締まりや圧迫について論じる本。

ハッテン場の存在は、LGBT運動のなかでも意見が分かれる問題だ。意見が分かれる第一の理由は、そうした場のほとんどが男性向けの空間でありレズビアンその他の女性向けの空間がほとんど存在せず、また思いがけず性的な現場に遭遇することのリスクと不快感が男性と女性とでは異なることなど、ハッテン場との関係にれっきとした男女差があること。そして第二に、「同性愛者は性的指向が異性愛者と異なるだけでそれ以外は異性愛者とまったく同じ」だとして同性婚の実現や社会への受け入れを推進しようとする同性愛者たちにとって、男性同性愛者は公共の場で不特定多数との匿名的な性的関係を持つことを望むと思われることが都合が悪かったことがある。しかし警察によるハッテン場の取り締まりはゲイバーやその他のLGBTコミュニティの取り締まりと繋がっていることは明らかで、個人としてハッテン場を好まない、さらには好ましくないと思っていたとしても、モラル・パニック的なハッテン場の取り締まりやそこで逮捕された人たちがメディアで見せしめにされるような状況にはLGBTの人たちは無関心ではいられない。

ハッテン場が生まれた背景には、同性との性的関係を求める男性たちが差別や偏見を受け、ゲイバーやその他の出会いの場が奪われてきたという事情が関係しており、そうした社会的な差別や偏見がおさまり私的なスペースで堂々と出会うことができるようになればそうした場の必要性は減っていくと思われてきたし、著者自身もハッテン場の取り締まりを批判するうえで「一般社会から追いやられた人たちからその逃げた先の場所すら奪うのか」と訴えてきたが、実際にはハッテン場を好む人にはさまざまな理由がある。パトリック・カリフィアは若い頃に公共の場におけるセックスを経験して自分の体やセクシュアリティを受け入れることができたと書いているし、人種や階級により普段は出会うことができない、出会ったとしても固定した役割に縛られてしまう人たちが、それらから解き放たれるという自由の実践の場でもある。またHIV/AIDS危機を経験してきたこともあり、性感染症についての情報共有や性的同意についての積極的なコミュニケーションなども一般社会よりは進んでいる。

ハッテン場が取り締まりの対象となる公の理由は、公共の空間における性行為は他者の利用を妨げ、不本意にそれを目撃した第三者を不快にするというもので、とくに何も知らない子どもが公園に遊びに来て目撃する危険があるとしてパニックを巻き起こすことがある。しかしハッテン場を利用する大多数の人たちは意図的に参加しない第三者に目撃されることを恐れ、公園の中でもできるだけ人が来ない部分に集まるし、他人が近づいてきたことを察するとすぐに行為を止め服を着直すなどしていることが、裁判資料などからも確認できる。またハッテン行為を撲滅するための公共空間設計として、木に囲まれた空間を減らす、ドッグパークを新設するなどして人の行き来が絶えないようにする、夜間の公園を閉鎖する、などの措置を行政が取っているが、こうした措置が有効だと考えられるということは、逆説的にハッテン場の利用者たちが第三者の目に触れるような時間や空間を避けていることを証明しており、これらの措置こそがハッテン場利用者とそれ以外の人たちが不本意に衝突する危険を高めている。公園に遊びにきた子どもたちを守ることを目的としながらわざわざ深夜に取り締まりをするといった警察や行政のチグハグさは、それらが第三者が意図せずハッテン行為を目撃して不快を感じる危険を減らすことではなく、目撃しなくともハッテン行為の存在自体に感じる不快に対する手当てを目的としていることを明らかにしている。

このようにハッテン場は、公共空間の利用者たちが当初の設計とは異なる新たな利用方法を生み出すとともに、それが他者の利用と衝突しないため、そして自分たちを守るための独自の倫理を発展させてきたことを示しているが、ホームレスや政治的な抗議活動などと並んで「一般利用者の利益」を口実とした攻撃に晒されている。しかしハッテン場に対する差別的な取り締まりに抗議する白人ゲイ男性たちが、警察による暴力に苦しむ黒人たちによるブラック・ライヴズ・マターの運動に否定的だったりするように、公的空間からの排除や差別的な取り締まりに対抗する連帯は十分に進んでいるとは言えない。あと本書では、長らく性感染症の温床とされてきたハッテン場がコロナウイルス・パンデミックが起きるとむしろ野外である分安全になったことが指摘されていておもしろかった。