Marc Masters著「High Bias: The Distorted History of the Cassette Tape」

High Bias

Marc Masters著「High Bias: The Distorted History of the Cassette Tape

音楽ライターが書いた、いわゆる一般的な音楽用カセットテープ(コンパクトカセット)の文化史の本。わたしが音楽を聴き始めたのは日本ではテープからCDに主流が移行した後だったのだけれど、アメリカ(の田舎)に来てみたら全然CDが普及してなくてしばらくカセットテープを聞いていたので、表紙を見ただけでノスタルジアが騒ぎ出して一気に読んだ。

磁気メディアの誕生からフィリップス社によるコンパクトカセットの開発、そしてフィリップスが出来上がったカセットとプレイヤーをヨーロッパの展示会で発表したら展示していた製品が一台行方不明になり、その直後にそれを丸々パクったコピー品が日本で売られていたり、採用してほしければライセンス料をタダにしろとソニーがゴネてフィリップスに認めさせたりと、当時の日本企業すげえなといった話から、消費者が自宅で商業音楽をコピーできるような道具を売るなとレコード業界が騒ぎ出し禁止させようとしたり税金をかけて自分たちに分配しろと要求した話にはじまり、特別な設備がなくても一般の人が自由に録音・編集できるカセットテープという安価で便利なメディアがどのように使われてきたか、どう社会を変えていったか書かれている。

カセットテープが普及する以前、自分が作った、あるいは編集した音楽を流通させるにはレコードなどを作るための専用の設備が必要であり、それなりの規模のあるレコード会社以外にはほぼ手が出なかった。しかしカセットテープと録音機能のついたテープデッキの登場で、レコード会社に所属していないアーティストやその他の人たちが簡単に音楽を録音し、販売することができるようになった。カセットテープはレコードを作るよりはるかに安価で、一定の枚数を注文しなければそもそも作ることすらできないレコードと異なりテープなら少ない本数でも、なんなら自分のダブルデッキを使って1本単位でも製作できるし、仮に売り残っても消して別の音楽を上書きすることができる。

同時期に広まりだしたヒップホップのコミュニティではクラブDJが自分のパーティの録音をミックステープにして会場に来られなかった人やあのイベントを再体験したいという人に配るところからはじまり、次第にクラブの録音に限らず自分のセンスで選曲しアレンジしたミックステープを作るようになったし、メタルやノイズなど大手レコード会社に無視されていたジャンルの音楽のアーティストや、大手レコード会社の指図を受けたくないインディーロックのアーティストたちにより、カセットテープは作品発表の手段として採用された。また、そういうテープを紹介する雑誌やニューズレター、そしてまとめて複数のアーティストの作品を注文できるカタログなども登場し、音楽の趣味が同じ人たちのあいだの交流をうながした。

本書はさらに、カセットテープというメディアの物理的な性質を利用し、複数のデッキを使って一度限りの演奏を行うなど、カセットテープを使った新しいジャンルのアートを作った人たちや、グレイトフル・デッドをはじめファンによるコンサートの録音を公認するアーティストとそのファンたちが無償でお互いに録音したテープをコピーしあうコミュニティの成立、カセットテープの登場が世界各地の音楽シーンに与えた影響やその再発見・保存、そしてアーティストやDJではなく個人がお互いに送り合うために作ったミックステープなど、さまざまな話題を取り上げる。わたし個人的には、一時期あるアーティストのコンサートの録音テープを収集・交換していたことがあるので、そのあたりの話が刺さった。

最後にはカセットテープの未来について、いまでもカセットテープを愛し使っている人たちのコメントがたくさん紹介されているけれど、おもしろいのはその人たちが定期的にメディアに出てくる「復活!カセットテープがいまアツい!」的な記事にほぼほぼ冷笑的な態度なこと。かれらはカセットテープを愛しているからこそ、カセットテープは復活するんじゃなくて自分たちがずっと使い続けて生かしてきたという自負があり、メディアが言う「カセットテープの復活」は結局大手レコード会社が話題作りしたりノスタルジアを刺激してお金を稼ぐためのギミックにすぎないと思っている。自分たちがカセットテープを愛しているのはその扱いやすさとともに物理的な脆さや儚さも込めてのことであり、たとえば有名アーティストが新作をカセットで発売したとかいう話題には関心がない。カセットテープがふたたび商業的な音楽を販売する主要なメディアとなることはないが、それでもカセットテープに価値を認めているファンが多くいて、それは続くだろう、という話。

ところでカセットテープを紹介するかつてのニューズレターや、いまだとブログやポッドキャストをやっている人の話が出てきて、その人たちのもとには何千本ものテープが送られてきて、食事中も含めて毎日一日中それを聴きまくって毎日のようにレビューを書いている、と書かれていて、それは大変だなあと思ったのだけど、わたしがやっている読書報告もそれとほぼ変わらないことにふと気づいた。しかもまったく収入に繋がっていない分わたしのほうが大変だ。