Elena Kostyuchenko著「I Love Russia: Reporting from a Lost Country」

I Love Russia

Elena Kostyuchenko著「I Love Russia: Reporting from a Lost Country

ロシアの独立系新聞「ノーヴァヤ・ガゼータ」の記者でありレズビアン活動家の著者による、全体主義に覆い尽くされていく祖国とそこに生きる多様な人たちへの複雑な思いに満ちたエッセイおよび調査報道記事集。

ソ連時代に比べて生活が苦しくなった、昔に戻りたいと語り合う家庭で育ち、政府系の報道を鵜呑みにしてチェチェン人の「テロリスト」を憎んだ少女時代を経て、独立系メディア「ノーヴァヤ・ガゼータ」でロシア政府によるチェチェン人独立運動の弾圧を知ってジャーナリストを志ざし、ノーヴァヤ・ガゼータに入社。開発によって強制的に立ち退きさせられる住民、ウクライナ・ドンバス地方への非公式な侵略に動員されて戦士したロシア人兵士とその遺体を受け取ることができない遺族、ソ連時代から継続する「ロシア化」政策によって言語や土地を奪われた少数民族、生涯を劣悪な施設で収容されたまま過ごす精神障害者、政府が認めようとしない公害で健康を失った労働者や住民、政府の「対テロ」作戦のもと捨て駒にされた数百人の子どもたちを含む人質たちら、著者は政府やその支配下にあるメディアが黙殺する人たちに目を向けるだけでなく、かれらと一緒に過ごし、かれらの視点から何が起きているか報道を続ける。

はじめて愛し合った同性の恋人との関係と、彼女とともにゲイ・プライドに参加して暴行を受けたり逮捕されたりしているうちに愛が冷めてしまった経験について書かれた文章は、恐ろしいとともに切ない。ロシアではゲイ・プライドとはパレード以前にプライドフラッグを持って街頭に立つだけで集まった反対派から暴行を受け、それが終わったあとで警察に逮捕されるイベントでしかなく、暴行が起きているあいだは警察もジャーナリストもそれをただ見ているだけ。著者自身も以前ジャーナリストとして他のゲイ活動家たちが暴行を受けているのを取材したことがあったが、それをただ見ているだけではいけないという思いと、自分たちとは関係ない赤の他人ではなくかれらにとって同業者でもあるジャーナリストの彼女がそうした暴力の対象となればより真剣に受け止めてもらえるのではないかと考えたのだけれど、彼女を含めロシアのクィア活動家たちの勇気がすごすぎる。また、取材のために夜遅くタクシーで離れた街に移動しようとして運転手によるセクハラを受けた経験について書かれた文章も、起きたことがありありと描かれていて怖かった。

ノーヴァヤ・ガゼータはゴルバチョフ元大統領がノーベル平和賞の賞金で設立した民主派メディアで、創刊以来編集長を務めたドミトリー・ムラトフはフィリピンのジャーナリスト・マリア・レッサと共に2021年ノーベル平和賞を受賞している。長らく政府による妨害を受けていて、多数の記者や関係者が政府による暗殺が疑われる状況で亡くなったり毒を盛られたりしたほか、2022年にはロシアによるウクライナ侵攻に反対する論陣を張ったことでついに政府によって活動停止に追い込まれる(一部の記者がラトヴィアのリガを拠点に「ノーヴァヤ・ガゼータ・ヨーロッパ」として活動を再開している)。いつ自身も暗殺されてもおかしくない状況のなか、深まりつつある全体主義やチェチェンからジョージア、シリア、ウクライナへと拡大していく帝国主義的な戦争の傾向に抵抗し続ける著者や彼女の同僚たちや、彼女が記事で取り上げるさまざまな現場で抵抗をしている人たちを心から尊敬する。