Mallory McMorrow著「Hate Won’t Win: Find Your Power and Leave This Place Better Than You Found It」

Hate Won't Win

Mallory McMorrow著「Hate Won’t Win: Find Your Power and Leave This Place Better Than You Found It

LGBTの子どもに対する保護や学校図書館からの人種差別やLGBTコミュニティについての本の撤去反対を主張したことで共和党の同僚によって「グルーマー」「ペドファイル」と名指しされ、それに対して議会で行ったスピーチが全国から共感を集めたミシガン州議会の上院議員による本。動画がバズって各地から多数の感謝と共感の手紙を受け取り、一躍民主党の希望の星となった(2024年民主党全国大会にも招かれて演説した)著者が、思いがけず訪れたチャンスをどのように利用してヘイトと戦い民主主義を守るか考え抜いて書いた戦略的な本。

著者はもともと政治家を目指していたわけではないが、2016年に女性に対する性暴力を行っても自分にはなんの問題も起きないと自慢していたトランプが大統領に当選すると、全国の多くの女性たちと同じく何かしなければいけないという気持ちを抱いた。彼女が住んでいたのは保守的な郊外で、現職の共和党議員は前回大差で民主党の候補を破った選挙区だったこともあり、するすると民主党の候補として現職に挑戦することに。トランプに対する不満を感じていた多くの有権者の支持を得て著者は当選するも、州議会では民主党は少数派であり、著者が提出した法案は委員会ですら一切取り上げられることはなかった。自分は政治家には向いていないのかもしれないと思い詰めていたとき、同僚の共和党議員が自分の選挙への寄付を求めるメールのなかで著者を名指ししてグルーマー・ペドファイルといった言葉を使って彼女が小児性愛者や性虐待加害者であるという攻撃を行った。これはLaura Pappano著「School Moms: Parent Activism, Partisan Politics, and the Battle for Public Education」などで書かれているように、LGBTの子どもに対する支援を行ったり、図書館でかれらがLGBTコミュニティに関する本やLGBTの著者によって書かれた本にアクセスすることができるように図書撤去に抵抗する立場に対する強烈な誹謗中傷であり、全国に広がっているパターン。

One Day I’ll Grow Up and Be a Beautiful Woman: A Mother’s Story」著者のAbi Maxwell氏や「That Librarian: The Fight Against Book Banning in America」著者のAmanda Jones氏ら同じように「グルーマー」として攻撃され地域や職を追われる人が全国に多数いるなか、著者はどう対応するか考えたのち、議会で正面から同僚の攻撃に反論することを決める。どうして自分が攻撃対象に選ばれたのか?それは自分が異性愛者の白人女性であり、郊外に住む母親であり、キリスト教徒でありながら、クィアやトランスの人たちだけでなく、差別や貧困に苦しんでいる人たちに連帯していることが、よほどヘイトを広めたい人たちにとっては都合が悪かったのだろう、として社会的強者である自分たちこそがヘイトに立ち向かい戦っていく必要を訴えるこの演説の動画は、すぐに全国的に拡散され多くの人たちの共感を呼んだ。

一躍有名人となり、一部のメディアによって民主党の希望の星だとまで持ち上げられた著者は、何一つ法案を成立させることもできない議員失格だと思っていた自分に千載一遇のチャンスが与えられたことに気づき、それをどう使えばヘイトと抗い民主主義を守るための戦いの役に立つか考え出す。まず著者がはじめに行ったのは、政治資金団体を設立して自分の評判でお金を集め、ミシガン州のほかの民主党候補たちに選挙資金をまわすことで州議会を奪還することで、これは2022年に4人の新たな民主党の上院議員が誕生することで実現、同時に下院と知事の選挙でも民主党候補が勝利し(「True Gretch: What I’ve Learned About Life, Leadership, and Everything in Between」の著者でもある民主党のグレッチェン・ウィトマー知事は再戦)、ついに彼女が提出した法案がまともに審議されるようになる。

政治資金団体を設立して自分だけでなく州各地の民主党候補を支援したことからも分かるように(ちなみに、こういう活動がのちに連邦議会選挙に立候補しようとしたときにめっちゃ効いてくるんですよねえ)著者はとても戦略的。本書の出版もただの自叙伝でも政治的主張を展開するだけのものではなく、具体的なステップをあげながら人々がどのようにして政治的プロセスに関与するのかわかりやすく解説しつつ、Eitan Hershの名著「Politics is for Power: How to Move Beyond Political Hobbyism, Take Action, and Make Real Change」を引きながら政治に関与するとはどういうことなのか力説する。

Hershは「自分は政治に関心がある、知識もある」と考える人の多くが実際には贔屓のスポーツチームを応援するような態度でケーブルテレビやソーシャルメディアを見ながらエンターテインメントとして消費していることを指摘し、それは政治ではなくただの趣味だと的確に批判する。政治に関与するというのは、近隣の住民やコミュニティの人たちと繋がり、数を集め、政府や政治家に要求を出し具体的な成果を勝ち取ることであり、本書の著者が勧めるのもそうした関与だ。ケーブルニュースは見るな、ソーシャルメディアもほどほどにしろ、と言う著者は「人々が政治について知識を得ようとしなくてもいいのか」と批判されることもあるが、ケーブルニュースやソーシャルメディアで大統領や側近たちの動向や議員たちのゴシップについて詳しく知っている人の大半は、自分の住んでいる地域を代表している州議会議員の名前すら知らない。普通の人たちが行動を起こすことで影響を与えることができるのはほとんどが地元の市町村やせいぜい郡・州のレベルであって連邦レベルではないし、地元の教育や交通などの問題を解決できるのもそういう自治体レベルの政治。連邦議員よりずっと身近な存在である市町村や州の議員に話を聞いてもらうためにはどうするのか、どうしても価値観が異なりすぎて話にならない議員をどう入れ替えるのかといったマニュアルとして本書はよくできている。

終盤には活動家たちがソーシャルメディアでのウケや自分本位の正しさを優先して世間に誤解をふりまくメッセージを発している点を批判していて、たとえば妊娠や出産、あるいは中絶を女性の問題として扱うとすぐに「トランス男性やノンバイナリーを忘れるな」と文句を行ってくるのはどうかとか、実際に女性として学校スポーツに参加しているトランス女性の生徒は州全体でも2,3人しかいない、大げさに騒ぐのはただのヘイトだ、と言おうとしているときにトランスジェンダーの子どもたちが大勢押しかけてきてかえって騒ぎを大きくしてしまった例などについて書いている。著者はもちろんそうした言動をする人たちには好意的で、だからこそ戦略的になってほしいと願っているのだけれど、せっかくうまく政治的にヘイトを押し返そうとしているのに台無しにしてくれるな、的な気持ちがあり、自分たちシスジェンダーのアライが解決するからトランスジェンダーの人たちは余計なことを言わずに黙ってろっていうトーンポリシング的な話になってしまうのはどうかと。でもまあ、うまくいきそうになってるのに何の戦略もなく言いたいことを言いたいだけぶちまける味方のせいでいろいろ台無しになった経験はわたしもあるので、著者の言い方はよくないと思うけど、まあ分かるっちゃ分かる。