Liz Pelly著「Mood Machine: The Rise of Spotify and the Costs of the Perfect Playlist」
スウェーデン発祥で世界最大手の音楽ストリーミングサービス・スポティファイについての本。創業当時大きな問題だった海賊版の撲滅を掲げ、定額制サブスクリプションを定着させ音楽業界の復活に貢献した一方、一部の大手レコード会社しか儲からず大多数のアーティストの収入増加には繋がらなかったとか、アーティストをコンテンツクリエータに、音楽を背景音に変質させた、などの批判も取り上げつつ、社会に与えている影響を論じる。
スポティファイの登場はまず、音楽により収入を得る仕組みを変えることで、音楽制作のインセンティヴを変化させた。最低でも30秒聴いてもらわなければストリーミングされたとカウントされず収入に繋がらないからと最初の30秒にキャッチーな部分を入れる必要が出ただけでなく、アーティスト用に提供されたツールではさまざまなデータを元にどのような曲を作れば売れるのか、公式プレイリストに含まれるようになりより多くのリスナーに触れられるのか示される。またストリーミングのデータから特定の曲やアーティストを聴くためにスポティファイを使う人よりパーティのムード作りや作業中の背景音として使う人が多いことが分かったことから、よりプレイリストに使われやすい音楽を手軽に大量生産する人や業作も増えてくる。
そのうちスポティファイ自身がそういった業者に注文を出して通常よりは安い報酬で音楽を使える契約を結んだうえでリスナーにプッシュしたり、一般のアーティストに対して同様に音楽使用料を引き下げるかわりにプロモーションすると持ちかけるなどして、よりコストをかけずに提供できる音楽を聴くようアルゴリズムを通してリスナーを無意識のうちに方向づける。またリスナーの好き嫌いをより正確に把握し、その時々の気持ちやムードに合わせた音楽を提供するという名目でリスナーの行動を徹底的に記録するが、そうしたデータがブローカーから購入したほかの個人情報と結びつけられたり、あるいはスポティファイが収集したデータがほかの業者に提供されたりすることによるプライバシーへの脅威も無視できない。ネットフリックスやスポティファイなどが採用している個人向けにカスタマイズされたレコメンデーションシステムは、ビッグデータの使用法としては比較的危険の少ないものだと考えられてきたが、それがほかの個人情報を結びつけられたときの危険性はきちんと議論されるべき。
本書の最後にはスポティファイによって十分な収入が得られず搾取された、あるいは自由な音楽制作ができなくなったと感じているアーティストの生計を支えるためのさまざまな取り組みが紹介されており、そのなかでもシアトル市立図書館をはじめ各地の図書館がはじめている地元のアーティストによる音楽を無償で提供するサービスがおもしろい。図書館の予算から毎年何組のアーティストと契約するか決め、応募してきた地元のアーティストの中から審査により選抜、アーティストたちとはスポティファイよりアーティストに収入面で有利な条件で契約し、アーティストの作品は図書館のウェブサイトやアプリから無償でダウンロードしたりストリーミングしたりできる。こうしたプログラムの目的は、地元の音楽シーンを支え、市民が地元のアーティストの作品に触れる機会を増やすことであり、より多く広告を売ることでも有料アカウントを売ることでもないため、おかしなアルゴリズムで運営側の利益に繋がる作品を押し付けたり、音楽を提供するのに必要な最低限以上の個人情報を収集する必要もない。でも図書館から毎年何百冊も本を借りているわたしでも知らなかったので、もっと宣伝して多くの人に知ってもらいたいプログラムだと思った。