Lawrence Freedman著「Ukraine and the Art of Strategy」

Ukraine and the Art of Strategy

Lawrence Freedman著「Ukraine and the Art of Strategy

国際戦略論を専門とする政治学者が2019年に出版したロシアとウクライナの関係についての本。というより、国際戦略論の説明のためにロシアとウクライナの関係を題材にした本なのかもしれない。当たり前のことながらこの本が出版された当時はまだロシアによるウクライナへの全面侵攻は始まっていないし、トランプ大統領がウクライナのゼレンスキー大統領に対して政敵を攻撃するよう圧力をかけて弾劾されてもいないけれど、だからこそ2014年にウクライナで起きたマイダン革命とそれによってウクライナに対する影響を失うことを恐れたロシアによるクリミア併合・ドンバス地方への「静かな」侵攻といった状況への冷静な分析を読むことができる。

かねてからロシアのプーチン大統領を礼賛していたトランプ元大統領は、2022年のウクライナ侵攻を受けて「天才的だ」と評価したが(のちに、戦略として優れていると言っただけで良いと認めたわけではないと微修正した)、著者はこのようなプーチンへの高評価に対して懐疑的。以前はロシアの領土であり住民も先住民のタタール人など少数派以外はロシア帰属を望んでいた(ロシアによる不正な住民投票によってロシア帰属が決められたが、もし仮にちゃんとした住民投票を行っていても多数派の賛成を取れたはず)クリミアとそのような支持の少ないドンバス地方の扱いの違いに、無理やり領土を奪い取るよりもドンバスに関与を続けることでウクライナ内政に影響を持ち続ける戦略に合理性を認めつつも、それがロシアにとって出口戦略を欠いた泥沼になることも予見。実際により大規模な侵攻に踏み切ることになったことから、著者の予測が正しかったことがわかる。

今年はじまったウクライナへの本格侵攻が起きた際、当初はトランプの発言にあるようにロシアが簡単に目的を達成すると思われていたものの(というか目的は単にドンバス地方の切り取りだと思われていて、首都にまで侵攻しようとするとは多くの人は思ってなかった)、西側の支援もありウクライナが意外なしぶとさを見せたことで、ロシアの目論見が失敗したと言われているけれども、この本の主張を元にするとロシアは今回たまたま目論見が外れて泥沼に踏み入れたのではなく、以前から既に泥沼に嵌っていて足掻いた結果さらに深く沈みつつあるのが現状だということになる。とはいえウクライナにも決定打はなく、ウクライナを支援する西側もロシアと戦争する意思はないので、解決する見込みは立たない。