Lauren Sherman & Chantal Fernandez著「Selling Sexy: Victoria’s Secret and the Unraveling of an American Icon」
セクシー路線の女性用下着を中心とした店をアメリカ全国のショッピングモールに展開し一世を風靡したヴィクトリアズ・シークレット(VS)の成功と衰退を追った本。
VSの歴史は、1982年に当時はまだ小さかった同社を買収し、長年にわたって経営してきたレス・ウェクスナーの個人史でもある。すでにファッションブランドをいくつも運営していたウェクスナーは、モールへの急速な出店とともに、「エンジェル」と呼ばれる専属モデルを起用したカタログ販売や、かれらが出演するファッションショーなどでVSを急成長させ、文化的現象にまで発展させた。エンジェルたちの一部はスーパーモデルとして人気を博した。
その一方でVSに対しては、痩せた白人女性的な画一的な美を唯一の美として推奨しているとして批判もされた。黒人や非白人のモデルは一度に一人だけ、という明らかなクォータが存在し、集合写真では見た目がそっくりな白人女性だらけだったりしたし、本来の顧客である女性ではなく男性目線の写真がカタログに掲載され、下手なポルノ雑誌より良い、と異性愛男性たちのあいだで収集された。ウェクスナー自身も巨額の財産を築き、本拠地のあるオハイオ州の政治や経済に強い影響力を持った。
しかし2010年代に入りさまざまな体型や外見のソーシャルメディア・インフルエンサーが活躍するなど価値観が多様化してもウェクスナーはVSの路線を変えず、次第にVSは女性たちの支持を失っていったが、そこに追い打ちをかけたのがmetoo運動だった。ウェクスナーの女性観がますます批判を浴びただけでなく、一部では秘密の恋人だったのではと噂されるほど(ウェクスナーは50代になってから女性と結婚したが、ずっとゲイもしくはバイセクシュアルではと噂されていた)近い関係にあったジェフリー・エプスタインが未成年への性虐待や性的人身取引で逮捕され獄中で自殺。さらにオハイオ州立大学のレスリング部コーチによる学生アスリートへの性虐待事件に同大学の最も有力な支援者だったウェクスナーが関与していたことも指摘される。かつては地上波で放送されていたVSのファッションショーも中止に追い込まれ、2020年にはウェクスナーはついに経営を退く。
ウェクスナーが退任して以降のVSは女性目線のデザインを採用するなど大きく路線変更し、多様な体型や人種、セクシュアリティやジェンダーのモデルを登用したほか、サッカー選手のメーガン・ラピノー様らカッコいいイメージの女性有名人たちをブランドイメージに起用。ちなみにわたし、最近トーランスを訪れた際、ホテルから向かってショッピングモールの反対側にある日本食品スーパーに行こうとしてモールを突破しようとして中で迷子になって(モールに慣れてないので、方向感覚失ったし、なぜかいつのまにか2階にいたしw)たまたまVSの店舗を見かけたのだけど、以前よりずっと落ち着いていい感じだった。けどヘテロ男性からは酷評されている。
まあVSの文化的影響や最近の変化については既に知っていたのだけれど、本書で一番おもしろかったのは、エプスタインほどではないけどウェクスナーと仲が良かったドナルド・トランプに関する部分(しかしこいつら全員どーしよーもねーな)。ソフトコアポルノ調の下着カタログの撮影のためにトランプが所有する別荘(現在のトランプの本拠地)マー・ア・ラーゴをウェクスナーが借りるのだけれど、そのための契約で、わざわざ「撮影時にはトランプはマー・ア・ラーゴに入らないこと」という文言を入れたらしい。そりゃそーだよね、契約で決めておかないとあいつ「やあやあ、楽しそうなことやってるね」とか言って入ってくるよね絶対。
あともう一つ、ウェクスナーが時代遅れになっていたという話題で、VSの店舗にWiFiスキャナを設置しようとしなかった、ということが書かれていて、それは時代遅れで助かったという気が。多くの人が常に持ち運んでいるスマホではとくに使っていなくても常に周囲のWiFi機器を探して電波をやり取りしているので、それをスキャンしてそのIDをほかのデータベースと組み合わせれば、誰が店内にいるのか調べることができる。顧客の情報は商売に利用できるので、モールに入っている大抵のチェーン店はスキャンを行っているのだけど、ウェクスナーはよく理解できなかったのかそれを採用しようとはしなかったらしい。勝負下着を売っている店で店内に入るだけでそんなことされたらイヤすぎるけど、下着に限らずいまはそれが当たり前なんだなあとうんざりする。