Laura Kalman著「FDR’s Gambit: The Court Packing Fight and the Rise of Legal Liberalism」

FDR's Gambit

Laura Kalman著「FDR’s Gambit: The Court Packing Fight and the Rise of Legal Liberalism

1937年、大差で二期目の当選を果たしたフランクリン・ルーズベルト大統領が、ニューディール政策の重要な法律を次々と最高裁によって違憲と判断されたことに対抗して推進した、最高裁定員の増加などの司法改革をめぐる歴史についての本。右派勢力による長期的な戦略に基づいたアメリカ連邦最高裁判所の人員的・イデオロギー的な乗っ取りが問題とされ、バランスを取り戻すために最高裁の定員を増やして新たな判事を任命するようバイデン大統領に求める声が高まるなか、タイムリー。

世界大恐慌とそれに対する前任政権の無策が深刻化するなか1933年に発足したルーズベルト政権は、労働者保護、社会保障、多数の連邦機関の創設とそれにより雇用維持や市場の底上げなどニューディール政策を掲げ、次々と連邦政府の役割を拡大していった。しかし当時の最高裁は70歳以上の高齢の保守的な判事たちが何人も居座り、アメリカ社会の変化や経済的な危機に対抗するためにはこれまでとは違ったアプローチが必要だという政治的要請を理解しようともせず、ニューディール政策の要となる法律を次々と違憲として中止に追い込む。ルーズベルトの一期目には最高裁に欠員が一人も生じず、ルーズベルトは新たな判事を一切送り込むことができなかったが、1936年の大統領選挙で大差で再選を果たすと民衆はニューディール政策を支持しているとして最高裁改革に乗り出す。

ルーズベルトの案は、70歳以上の最高裁判事には年金を保証するなどして引退を促すとともに、引退しない場合は70歳以上の判事一人につき一人ずつより若い判事を最高裁に追加するというもの。この案を議会への根回しもなく突然発表したこと、また当初「高齢の最高裁判事の負担を減らすため」という嘘の口実を訴えたこと、かなり不利になるまで一切の交渉を拒んだことなどルーズベルトやその側近が多数のミスをおかした結果、最終的にすべての改革案は失敗に終わった。これは天才的な戦略家として知られるルーズベルト大統領の生涯における最大の失敗と言われ、議会の多数派を抑え民衆の支持も得ていた全盛期のルーズベルトでも実現できなかった最高裁改革は、その後アメリカ政界ではタブーとして扱われてきた。そしてルーズベルトはその後1940年と1944年にも再選され、第二次世界大戦末期に病死するまでに最終的に8人の判事を指名、人種隔離政策廃止などその後のアメリカ社会に大きな影響を与えたリベラルな最高裁を残した。

本書は1937年のルーズベルトと議会や判事たち、メディア、労働運動、黒人団体などさまざまなアクターたちの動きを丁寧に追う。これまでの文献では、ルーズベルトが1936年の大勝で気を大きくして無謀なギャンブルに手を出し痛い目を見たとか、いやギャンブルには失敗したけれどもその結果一部の最高裁判事が引退したり憲法判断を改めたおかげで1939年ころからはニューディール政策が合憲と見なされるようになったのだとか、さらには判事の判断が変わったのではなく違憲判決を受けてより上手に書かれた法律ができただけだとか、さまざまな議論があったのだけれど、最高裁改革は無謀なギャンブルだったという判断は共有されがちだった。しかし本書は、ルーズベルト陣営に多数のミスはあったけれども、最高裁の改革は全くの無謀な挑戦ではなかったことを示唆する。

さて現在、共和党がオバマが最高裁に指名したガーランド判事の審議すら拒否しトランプ当選後に別の判事を最高裁に就けたことや、ガーランド判事の際には「大統領選挙の年に生じた欠員は選挙の結果を受けてから補充すべきだ」と言いながら2020年には大統領選挙の直前に生じた欠員を大急ぎで補充したことなどから、最高裁は共和党によって不当に乗っ取られたので、少なくともそれを無効化するだけの人数の新たな判事をバイデンが指名すべきだ、という議論がある。あるいはエリック・ホルダー元司法長官らが主張する最高裁の18年任期制などほかのさまざまな改革案も提案されている。

こうした動きに対して、かつてルーズベルトが同時代のムッソリーニやスターリン、ヒトラーと同種の独裁者になろうとしている、という批判があったのと同じように、最高裁を大統領が自分の支配下に置こうとするのはエルドアンやプーチンと同じことをやることになる、という批判も早速出ている。また、ルーズベルトほどの天才的な指導者が上下院の多数と民衆の支持を得ていても実現できなかったことがいまのバイデンにできるはずがない、という諦め論もある。

バイデンも少なくとも今のところ最高裁改革に乗り出すつもりはないようなのだけれど、2024年の民主党予備選にバイデンが立候補しない場合は最高裁改革が論点の一つになりそう。いまのうちに過去もっとも最高裁改革が実現に近づいた1937年の歴史を振り返っておくもの良いかもしれない。