Eric Holder著「Our Unfinished March: The Violent Past and Imperiled Future of the Vote—A History, a Crisis, a Plan」

Our Unfinished March

Eric Holder著「Our Unfinished March: The Violent Past and Imperiled Future of the Vote—A History, a Crisis, a Plan

オバマ政権で司法長官を務めた著者が、最高裁が1965年投票権法の重要な部分を無効化して(Shelby County v. Holder)以来、再び各地で脅かされている「投票権」を守るための行動を呼びかける本。著者は1960年代の公民権運動を見て育ち、弁護士として司法省で働いたり地方判事や連邦検事を歴任したあと、オバマ大統領によって米国史上初の黒人の司法長官に任命された経歴の持ち主で、黒人たちの参政権を保証した1965年投票権法の大切さを誰よりも分かっていたからこそ、自分の代でその投票権法を無効化されてしまったことがなによりも悔しいはず。ジョン・ロバーツ裁判長の判決は「いまのアメリカは昔とは違うからもう投票権法は必要ないっしょ」という趣旨だったけれど、その直後に共和党が多数を占める州で投票権を狭めるような法案が次々に成立してしまう。ルース・ベイダー・ギンズバーグ判事の言うとおり、判決は「雨に濡れていないから傘はもういらないと言うようなもの」だった。

本書はサブタイトルにあるとおり、もともと「資産のある白人男性」だけのものだった参政権が、白人男性全員、白人女性、そして黒人やその他の人種へと拡大されてきた歴史を、そうした変化をもたらしてきた運動に触れつつ紹介し、そして現在各地で進行中の参政権を奪い民主主義を壊そうとする動きに警鐘を鳴らし、最後に参政権を守るために必要な改革を提唱する。参政権を制限しようとする動きについてはCarol Anderson著「One Person, No Vote: How Voter Suppression is Destroying Our Democracy」やStephen Steinberg著「Counterrevolution: The Crusade to Roll Back the Gains of the Civil Rights Movement」、上院の非民主性と機能不全についてはAdam Jentleson著「Kill Switch: The Rise of the Modern Senate and the Crippling of American Democracy」、最高裁の保守偏向についてはIan Millhiser著「The Agenda: How a Republican Supreme Court is Reshaping America」などでより詳しく触れられていて、現にそれらの本を引用しているのでそれぞれ参照。

ほかのあらゆる改革を実現するためには政治に参加する平等な権利が必要だけれど、その権利を守るためには改革がまず必要、というイヤな卵か鶏か問題があって、著者が支持する新しい投票権法が成立する見込みはいまのところ見えないし、それが成立しない限り共和党は参政権を制限することによって少数の支持で多数派を押さえつけることができてしまう。フィリバスターの制限、最高裁の18年任期制、ワシントンDCとプエルトリコの州昇格、ジェリマンダリングの禁止など、どれもとても実現しそうにない。著者もそれは分かっていて、だから不利な条件で戦わされているのを承知のうえで、それでもみんな投票しようぜ!と呼びかけているんだけど、仮に民主党が大勝してこれらを可決したとしても、保守派が2/3を占める最高裁が却下すれば終わりだという… あれ、アメリカの民主主義、完全に積んでない?