Kenny G著「Life in the Key of G」
1980年代に世界中で大ヒットとなる曲を発表し、いまも現役で活躍を続けるジャズ・サクソフォン奏者ケニー・Gの自伝。ただしジャズ音楽のファンのあいだからは「あいつはジャズじゃない」の声も多数。ケニー・Gについては「あの年齢不詳な外見と髪の毛どうなってんの?という以外に興味はないけど、わたしの地元シアトル出身の有名人なので読んでみた。
ケニー・Gはシアトル出身のユダヤ系白人で、子どものころから誰より自分はサックスが得意だと思っていたが、高校に入ったときにもっとうまい生徒がたくさんいることに気づき猛練習を開始。いまも続けている毎日の特訓は、曲を演奏するのではなくテクニックを極めることに集中していて、おかげで翌年には学校で一番のサックス奏者となりクラブなどにも呼ばれるように。あれやこれやあってレーベルに拾ってもらったり喧嘩したりしてヒット曲を出して有名になりました、とそのあたりはまあ「ああそうですか」という感想しか出てこないわけだけど、やはりおもしろいのは、黒人が作り上げ演奏者もファンも黒人が多いジャズというジャンルのなかで、偉大な黒人ミュージシャンの模倣を経ないまま、独自の特訓で磨いた超絶テクニック頼りの演奏をする白人の若者、という構図。
当時はいまと違い音楽を聞かせる会場が実質的に人種で分かれていて、著者のように白人のアーティストが認められて黒人の会場に招かれることはあっても、黒人のアーティストが白人の会場に招かれることはなかった。またジャズの大物ミュージシャンたちも著者を認めて共演や客演に誘ってくれたりするなどプッシュしてくれたけど、逆に黒人の新人アーティストが白人の大物ミュージシャンたちに認められることはほとんどなかった。さらに当時のかなり値段がする録音機器の購入資金を父親に支援してもらうなど、著者はとても恵まれていた。そういう著者が、ジャズ音楽のファンではなくポップミュージックのファンからの支持を得て、ほかのどのジャズミュージシャンよりもレコードを売り上げ、またメディアに露出するようになると、当然のことながらジャズのファンから批判を集めるようになる。とくにルイ・アームストロングの「What a Wonderful World(この素晴らしき世界)」に(遺族らの許可を得たうえで)サックスを重ねた楽曲を発表したときは評論家らにめちゃくちゃ叩かれ、その時には著者もかなり辛かったことがわかる。
黒人音楽の分野で長年活動してきた経験からか、人種問題についての著者の記述はそこそこちゃんとしているし、ジャズ・ミュージシャンやファンたちに(一部では強い反発があったとはいえ)受け入れられたことについても感謝の言葉を忘れない。その一方で、女性や性に関するトピックでは「やっぱりあの世代の男だな」と感じる内容が多く、「サックス」と「セックス」をかけたジョークがくどいし、喧嘩していた共演者の女性アーティストがステージで使う小物に大量のコンドームを仕込んでおき、パフォーマンス中にコンドームが溢れ出るようにした、というエピソードとか、「いまの感覚だとアウトだけど」と言ってるけど当時だってアウトですからそれ。息子との関係や自分の育児・教育方針などについてかなりえらそーな話があるけど、息子の母親とは「離婚した」とだけ書かれていて彼女が一切登場しない点もどうかと思った。
既存のジャズ・ミュージシャンを模倣したりかれらに師事することなく、独自の訓練を重ねて超絶テクニックを身に着けたという部分は、日本などアジアのジャズやフュージョンのアーティストの多くにも共通している背景に思え、日本や中国で著者が大ヒットしたのもわかるような気がする。音楽以外の話題でも、ハンデ4で回れるゴルフや小型機の操縦などの趣味を通した有名人との交流の話もあるし、どうやってあの外見をキープしているのかという話もある。髪はもともとあんな感じで、短いときはどうやってもうまくまとまらなかったけど、諦めて伸ばしたら奇跡的にあんなふうになったとして、喧嘩した同世代の男性たちに対して髪の量でマウント取ってたりする。あとスターバックスとの関係とか、そのせいで大きなキャリア上のミスをおかした話とか。
まあおもしろい話もあるにはあるし、悪い本ではない。ただ文中で言及されていた楽曲をいくつかYouTubeで聞いてみたけど、やっぱ駄目だこれ、めちゃくちゃ上手だしいい感じにはなるんだけど、どの曲を聞いても同じ感じがする… そのあたりがテクニックはあるけどソウルがないからジャズじゃない、とか言われちゃうんだよ。