Joelle Kidd著「Jesusland: Stories from the Upside Down World of Christian Pop Culture」

Jesusland

Joelle Kidd著「Jesusland: Stories from the Upside Down World of Christian Pop Culture

キリスト教福音派の学校に通わされ、2000年代の福音派ポップカルチャーのなか育ってきたカナダ人ジャーナリストが、自身の経験とともにその特有の文化が現代の北米社会に与えた社会的・政治的影響を論じる本。

著者の家庭は福音派の信者ではなく、平和主義と伝統的な生活形態で知られるメノナイトだった。しかしSarah Ditum著「Toxic: Women, Fame, and the Tabloid 2000s」にも書かれていたような2000年前後の女性差別的なポップ・カルチャーが娘のためにならないと考えた両親は、宗教的な文化のほうが良いだろうと著者を福音派系の学校に通わせた。しかしかれらは、当時の福音派文化が世俗的な主流文化にも輪をかけて有害なジェンダーやセクシュアリティの政治を広めるためにポップ・カルチャーを利用しつつあったことを知らなかった。

福音派キリスト教会の価値観をもとにした音楽や本、映画などは1990年代以前にもあった。しかしそれらは限られた「クリスチャン・ブックストア」などの店舗で流通していただけであり、コンサートや上映会も各地の教会で小規模なものが行われたのがほとんど。ちなみにわたしが福音派音楽を聴いていたのも1990年代で、当時クリスチャン・ブックストアに通ったりもしてたのだけど、足が弱いのを見られて「あなたのために祈らせてください」とか寄ってくるウザい赤の他人が多すぎて嫌になって行かなくなった。祈るなら誰も見ていない部屋に入ってドアを閉めて一人で祈れって聖書に書いてあるの知らんのかマタイ6:6読め。

2000年代に入ると礼拝のたびに何千人もの信者が集まるメガチャーチが増え、ケーブルテレビやインターネットを使って集客するようになる。また強く信じることにより財産など現世での繁栄を得ることができるとする信仰が広まり、信者を相手とした商売が活発となるとともに、財産を見せびらかすことが信仰者としての正しさの証明であると認められるようになり、メガチャーチの牧師らがそうした商売に自ら乗り出したりコラボしたり。また、インターネットによる流通の寡占化により各地のクリスチャン・ブックストアの多くが閉店に追い込まれる一方、福音派カルチャーはアマゾンなど一般のオンラインストアでも扱われるようにもなった。

本書では章ごとに著者が福音派の音楽やティーン雑誌、映画などと出会い、そこから受けてきたさまざまな影響について語る。なかでも重要なのは、福音派カルチャーが1990年代に引き続いて男女で不均衡な純潔主義を押し付けていたことに影響され、男性は性的に刺激されると我慢できないのだから女性はできるだけ身体を隠すべきだとか、結婚したときに夫に捧げるために自分の身体を「きれいなまま」保つべきだという価値観を内面化し、自分自身がなにを望むのかという考えを奪われた結果、20代中盤になるまで著者は自分がレズビアンであることに気づくことすらできなかったこと。純潔主義が女性に過剰な自衛と自己コントロールを強いるものであり、性暴力を隠蔽し犠牲者非難を引き起こすものであることは、Grace Ji-Sun Kim and Susan M. Shaw著「Surviving God: A New Vision of God Through the Eyes of Sexual Abuse Survivors」ほかでも論じられている。

また政治的な側面に目を向けると、9/11同時多発テロによって反ムスリム的な感情が広がりイラクやアフガニスタンに対する一方的な攻撃が支持を集めるなか、キリスト教は世界中で攻撃を受けている被害者である、アメリカ国内でもクリスマスの祭りが弾圧されるなどしてキリスト教徒の信仰の自由が脅かされている、という認識を広めるのに、福音派ポップ・カルチャーは大きな役割を果たした。また、キリストの受難をテーマとしたメル・ギブソンの映画『パッション』が反ユダヤ主義を広めたと思うと、イスラエル支持を表明しつつ根底では反ユダヤ主義と反ムスリム主義を両立させたキリスト教シオニズム、すなわちキリスト教の神が再臨する前段階としてイスラエル国家の成立と周辺国との大戦争が必要だとする思想がポップ・カルチャーを通して宣伝された。

上にも書いたとおり、わたし自身も福音派ポップ・カルチャーに触れていた時期があるので(当時ものすごい田舎に住んでて、ラジオ局がクリスチャン・ラジオと戦前のカントリー音楽を流している局しかなかったんだから仕方がない)、あるあるネタっぽい話も多かったのだけれど、わたしが経験した1990年代の福音派と2000年以降の福音派はまた違ったところもあって興味深かった。福音派カルチャーを通ったクィアの苦労は、宗教右派団体幹部の娘でレズビアンの著者が書いたAmber Cantorna-Wylde著「Out of Focus: My Story of Sexuality, Shame, and Toxic Evangelicalism」も参照。