Keith E. Whittington著「The Impeachment Power: The Law, Politics, and Purpose of an Extraordinary Constitutional Tool」

The Impeachment Power

Keith E. Whittington著「The Impeachment Power: The Law, Politics, and Purpose of an Extraordinary Constitutional Tool

アメリカにおいて連邦議会が持つ弾劾権についての本。大統領選挙の翌週に出版するというタイミングは、どちらの候補が勝ったとしても負けた方の支持者たちが「あいつを弾劾してやりたい」と思ってこの本を手に取るのを見越した計算なのかもしれない。

著者は憲法学に詳しい政治学者で、内容はごく真っ当。弾劾権が生まれた歴史的経緯、実際に弾劾権が行使されてきた事例、さまざまな議論とそれに対する見解など、丁寧にまとめられている。アメリカ憲法では大統領や閣僚、判事を含む連邦政府職員に対する弾劾権を連邦下院が持ち、弾劾されたのち連邦上院の3分の2の賛成によってその職員を罷免し、将来連邦政府の職に就くことを禁止することができる。原理的にはあらゆる連邦政府職員が対象となるが、大統領や最高裁判事などほかに辞めさせる手段がない人がアメリカの民主主義や安全保障にとって危険となった時に議会が取ることができる最終手段。ただしこれまで大統領に対する弾劾は4回あったが罷免にまでたどり着いたことは一度もなく、実際に弾劾・罷免に至ったケースは犯罪を犯した連邦地方裁判官などそれほど有名ではないケースばかり。

しかし選挙結果を否定しようと権力を濫用し、さらには支持者を焚き付けてクーデター未遂まで起こさせたトランプが上院によって無罪とされたことから明らかなように、弾劾のシステムは機能していない。あれが無罪なら一体何をやれば有罪になるんだよまったく。トランプを無罪にするためにミッチ・マコネル議員をはじめとする上院共和党幹部はさまざまな取ってつけたような理屈を繰り出したが、あそこできっちりトランプを沈めておかなかったせいで完全に乗っ取られてしまった。

この先トランプはまた憲法違反や権力乱用を繰り返すだろうけど、本人が女性の性器をいきなり掴んでも問題にならない、町中で人を射殺しても何の影響もないとかねてから自慢しているように、弾劾・罷免というプロセスが有効に機能するとは思えない。なんらかの犯罪的な行為に対する処罰としてではなく、民主主義や安全保障に対する危険に対処するための仕組みとして時代にあった権力者交代の制度が必要となっている。まあトランプには間に合わないから、4年後にもアメリカでちゃんとした選挙が行われること、そして二期目を終えたトランプがちゃんと退任することを願うしかない。