Katie Mitchell著「Prose to the People: A Celebration of Black Bookstores」
全国の黒人書店をまわって話を聞きその歴史やコミュニティにおける役割について取材した本。著者自身も店舗は持たないけれどもアトランタでポップアップ書店を運営している。たくさんの写真と昨年末に亡くなった詩人・活動家のニキ・ジョヴァンニによる序文、多数の寄稿者によるエッセイを収録。
黒人書店の誕生は奴隷制の時代に遡る。南部では奴隷制が続き黒人たちに教育を与えたり文字を教えることが禁止するなか、北部に逃れた逃亡奴隷やもともと自由に生まれた黒人たちは各地で黒人新聞を出版し、フレデリック・ダグラスをはじめとする奴隷制廃止論者によるスピーチや本を流通させた。またそれらの書店のなかには、南部からの奴隷の逃亡を支援する地下鉄道の「駅」(拠点)の役割を果たしたものも少なくない。
このようにアメリカにおける黒人書店は、ハーレム・ルネサンスから公民権運動、マルコムXやブラック・パンサー党が活躍したブラック・ナショナリズムの時代から現代のブラック・ライヴズ・マター運動まで、自由と解放を求める黒人運動の歴史とともにある。それはまた、白人たちが設立した出版社が黒人の本をほとんど出版しようとしなかったり、白人たちが経営する書店が黒人の本をほとんど扱おうとしなかったことの裏返しでもある。
黒人書店はそれぞれの歴史的背景やコミュニティの特色をもとに、黒人解放運動への政治的な目覚めを促すもの、ネーション・オブ・イスラムのメンバーなどブラック・ムスリムを主なターゲットとしたもの、黒人の女性やノンバイナリーの人たちにフォーカスしたもの、国際的な反植民地主義との連帯を目指すものから、ふつうに黒人著者による小説や詩をプッシュするものまでさまざま。書店の形態だけでなくコミュニティセンターの役割も担っているものも多く、また書店ではなくブッククラブや図書館な形態を取る(でも本を買うこともできるよ!的な)ものも。
本書の大部分は各地の黒人書店や黒人図書館、そしてそれらの設立者・経営者たちのプロフィールで占められており、そのあいだに著者や寄稿者による黒人書店についてのエッセイが挟まっている形。1970年代に黒人書店のことをブラック・ナショナリズムや国際共産主義の拠点であるとして危険視したFBIによるでっちあげ満載の監視ファイル(FBIエージェントが黒人書店に行って毛沢東語録を探したけど無かったのでわざわざ白人の書店で買ってきて「黒人書店にあった、国際共産主義を推進している危険な組織だ」と報告したり)についての話があったり、「マヤ・アンジェロウの自伝はありますか?4冊取り置きしてください」という電話があったのでその通りにしたらその日の午後にマヤ・アンジェロウ本人が店にやってきた(多分本人の講演かなにかで必要になったけど出版社から取り寄せる時間がなかったんだろうけど)話とか、おもしろい。マルコムXが贔屓にしていた書店の話とか、有名人来店のエピソードはほかにも多数。
そういった歴史を持つ黒人書店だが、アマゾンをはじめとするオンラインストアの登場によって市場を奪われ経営上の存続が脅かされているのは一般の書店と同じ。コロナウイルス・パンデミックによるロックダウンとリモートワークの普及がさらに追い打ちをかけただけでなく、黒人書店の場合はジェントリフィケーションの進行によって伝統的な黒人コミュニティが破壊され、同時に再開発によって家賃も上昇したことでさらに苦しいことに。そういうなか2020年のブラック・ライヴズ・マター運動により「黒人の本を読もう、黒人経営のビジネスを支えよう」という機運が高まり一時的にボーナスステージに突入するが、そう言っていた白人たちの関心はあっという間に消えてなくなるし、ジョージ・フロイド氏の殺害やその他大勢の黒人たちの苦しみを通してでしか経営上の危機を乗り越えられない、経済的に成功を掴めないことに複雑な思いを抱く人はタナハシ・コーツはじめ多い。
わたし自身、黒人書店にはそれほど頻繁に通うわけではなく、何年も前にイベントなどでポートランドやシアトルの黒人書店に行った記憶があるだけなんだけど(そういえばともだちと一緒に書店に併設されているカフェでお茶飲んでたら、黒人団体の人が来てメンバーになってくれと勧誘されたな)、いま調べたらどちらもコロナ前後に閉店していたみたいでショック。でもポートランドでは本書でも紹介されているThird Eye Books and Giftsという新しい店が開店しているので、今度行ってみる。てゆーか本の中に登場するから当たり前なんだけど、Third Eye Booksのサイトのトップにこの本が取り上げられてた。