Kai Cheng Thom著「Falling Back in Love with Being Human: Letters to Lost Souls」
わたしが一番憧れて嫉妬する中国系カナダ人トランス女性作家の新著。それだけの前情報でみんなに読んで欲しいところなのだけど、さすがにそれでは報告にならないので肝心のところを書かずに少しだけ。
相次ぐ銃乱射事件、警察による黒人の殺害、人種や階級による格差を強化したコロナウイルス・パンデミック、トランスジェンダーに対するヘイトの拡散、そしてネットを通した執拗な攻撃など、暴力と恐怖と死が吹き荒れたここ数年を経て、生きることの絶望から脱出するために著者が書き溜めたラブレターをまとめた本。
そのなかで著者は、家族や同級生との関係に苦しむ若いクィアたち、性労働に従事している人たち、暴力事件やパンデミックで親しい人たちを失った人たちなどだけでなく、レイシストやミソジニスト、トランス排除フェミニスト(TERF)、かつて著者が性労働をしていた時の客だった男たちら、同情や共感を感じにくいような相手にまで、スピリチュアルなラブレターを届けようとする。それは単なる博愛主義や「汝の敵を愛せよ」といった宗教的・抽象的な倫理観ではなく、自分自身が嫌いで仕方がないとき、間違いをおかしてしまって自責の念に追い詰められたとき、自分なんて誰にも愛される資格なんてないんだと思ったときに、それでも愛されていけない人なんていない、どんな人だって愛されていいのだとと思い直すための、自分を救うための取り組みでもある。
嘘をつかなければ真実を語れなかった子ども時代を振り返る嘘だらけの自叙伝(風小説、なんだかそれ的な自叙伝なんだか)「Fierce Femmes and Notorious Liars: A Dangerous Trans Girl’s Confabulous Memoir」でデビューし、詩集や絵本なども出版してきた著者が再び出した、容易にジャンルに分類できない作品。英語読める人は読んで。英語が苦手な人はせめてジェンダークィアでノンバイナリーな絵本「From the Stars in the Sky to the Fish in the Sea」だけでも読んで。