Julia Lee著「Biting the Hand: Growing Up Asian in Black and White America」

Biting the Hand

Julia Lee著「Biting the Hand: Growing Up Asian in Black and White America

韓国から移民してきた両親にロサンゼルスで育てられた女性が、白人に同化しようとして挫折し、黒人やその他の非白人のコミュニティに救われ、アジア系アメリカ人としての自分の居場所を見つける自叙伝。現在はアフリカ系アメリカ人文学の研究者として大学で教えている。

著者の両親は日本に占領されていた時代の朝鮮半島で生まれ、幼いころ南北への国の分断と朝鮮戦争を経験した世代。1960年代に韓国からアメリカへ移民し、一家はロサンゼルスの黒人街で小さなフライドチキンの店を経営していたが、著者が15歳のとき1992年にロサンゼルス暴動が起き、ほかの多くの韓国系アメリカ人の店舗とともに店は破壊される。ロサンゼルス暴動の直接の原因は黒人男性のロドニー・キング氏に集団暴行をくわえた白人警察官たちが無罪評決を受けたことだったが、その前年に15歳の黒人女性ラターシャ・ハーリンズさんが店内で万引きをしようとしていると韓国人店主に問い詰められ、彼女に掴みかかった店主にハーリンズさんが反撃したところ、店主が銃を持ち出して店から出ようとする彼女を背後から射殺した事件の影響もあった。店主は殺人の罪に問われたが加害者に同情的な判事によって執行猶予の判決が下され、ロドニー・キング事件とともに黒人に対する暴力は軽視されているという不平等感を高めた。著者は当時、黒人による襲撃を恐れる両親のことを心配しつつも、自分が店で万引きして捕まったけど許されたときのことを思い出し、自分と同じ15歳だったハーリンズさんとの扱いの違いを意識する。

ほかの多くの韓国系移民の親と同じく、彼女の両親も教育熱心で、彼女が良い大学に入って成功するよう強いプレッシャーをかけてきた。生活にそれほど余裕があるわけでもないのに裕福な白人家庭の子どもが多い私立学校に通わされた彼女はしかし、ほかの生徒たちに受け入れられないことに悩むようになる。当時ほかにもアジア系の生徒はいたが、かれらもみな白人のグループに受け入れられようと必死になっており、一つの白人のグループにアジア人の枠は最大でも一つしかないので、お互いを競争相手とみなすようになった。あるとき著者は作文の授業で、自分の両親は古臭い韓国の伝統を押し付けてくるが自分はアメリカ人として自由に生きたい、として「自分はキムチも好きじゃない」と嘘までついた文章を提出したところ、高い評価を得たことに気を良くし、次には学校で白人のグループがアジア人を下に見ている、という作文を書いたところ低い評価を受ける。白人の教師たちはアジアの伝統を捨て白人に同化しようとする彼女を評価したのであって、白人の側が同化してくるアジア人を見下していることを指摘されたくはなかった。

親に言われたとおり有名大学に進学した著者は、父親も祖父も同じ大学に通っていたという白人学生たちに囲まれ、かれらが昔から運営してきた排他的な学生クラブに入会しようとするも、さんざんへイジング(入会希望者に対するいじめやしごき)を受けた挙げ句拒否される。メリトクラシーを信じ娘に白人社会での成功を望む両親と白人社会の見えない壁のあいだに挟まれ追い詰められた彼女を救ってくれたのは、彼女たち韓国系アメリカ人よりはるかに昔からアメリカの白人至上主義と戦ってきた黒人の学生や教員たち、そしてかれらが受け継いだアフリカ系アメリカ人の思索や研究、運動の蓄積だった。その影響は本書の多数の黒人知識人や黒人作家の引用からも明らか。

アジア系アメリカ人(のうち、特に東アジア系の人たち)は「モデル・マイノリティ」として不利な状況に負けず成功していると称賛される一方で、だからアメリカの人種差別はそれほど深刻ではなく黒人やその他のマイノリティが成功しないのは自分たちのせいだ、という口実として白人至上主義者たちに都合よく利用されていて、少数とはいえ一部のアジア人たちはそれに迎合して積極的にアファーマティヴ・アクションを攻撃するなど加担すらしている。その一方で私立学校やエリート大学、一流企業などに入ったアジア系アメリカ人たちは、それでも白人とは対等に扱われずにウェザリングを経験し、心身ともに削られている。その例として、アジア系アメリカ人の女子生徒のあいだの希死念慮はとても高い。

終盤には「ジュリア・リー」という韓国系アメリカ人にはありふれた名前のせいでほかのジュリア・リーと人違いされたり、同じ文学の研究者として自分より成功している別のジュリア・リーと自分を比較しまったところから、それを受け入れるようになった話もあり、おもしろい。そこから同じようにありふれた名前の中国系アメリカ人「グレース・リー」さんの一人で黒人活動家のジェームズ・ボッグスさんと結婚したグレース・リー・ボッグスさんの話に。グレース・リー・ボッグスさんはアジア系アメリカ人運動や黒人公民権運動、障害者運動などで活躍した活動家で、公民権運動を監視していたFBIがアジア人女性が黒人運動にそれほど深く関わるとは信じられず黒人と中国人のミックスだろうと勝手に決めつけていたほど。2015年に100歳で亡くなったグレース・リー・ボッグスさんの人生に、白人社会のなかで黒人やその他の非白人と連帯して白人至上主義に立ち向かっていくアジア系アメリカ人のあり方を見出す。