
John Fetterman著「Unfettered」
2メートル超えの身長に多数のタトゥー、そしてスキンヘッドにフードを被る外見的な特徴、鉄鋼業の衰退に苦しむペンシルヴァニア州出身の左派ポピュリスト・アウトサイダーという経歴、選挙中に脳卒中を経験しその後遺症で言語に不自由な状態でディベートに望み、当選後にはうつ病の治療のために入院した、異色の連邦上院議員による自叙伝。
恵まれた境遇に育った著者だが、大学時代に恵まれない子どものメンターとなるプログラムに参加。父親をAIDSで亡くし母親も末期を迎えていた黒人の男の子と出会うことで不公平な現実を知り、プログラム終了後もその子が大人になるまで支えることを母親に誓う。ハーヴァード大学ケネディスクールで公共政策の学位を取ったあと、著者はピッツバーグ郊外の人口が2000人にも満たない街の町長に立候補、当選する。街は鉄鋼産業の衰退により荒廃していた地域にあり、人口の過半数を貧しい黒人が占めていたが、町長といってもパートタイムのお飾りのようなポジションで財源も権限もないばかりか保守的な町議会に受け入れられなかったため、著者は地域の子どもたちを支えるための非営利団体を設立したり新たな住民を獲得するためのキャンペーンを張るなど町長の立場にとどまらない活動を行う。
町長を10年以上勤めたあと、著者は民主党員として副知事に立候補し、バーニー・サンダースらの応援を得て当選。副知事の役割は知事になにかあったときの予備という意味あいがほとんどで特に大きな権限はなかったが、州の刑務所に収容されている人たちの釈放について審査する委員会を管轄しており、多くの政治家たちが「犯罪者に甘い」と言われることを恐れて受刑者の釈放や恩赦に消極的なのに対し、当人の年齢や危険性などをきちんと審査し公平な判断を行うよう促す。釈放された元受刑者の一人でもその後に凶悪犯罪を犯すようなことがあれば政敵に攻撃材料を与え自分の政治家としてのキャリアが脅かされることを理解しつつ、刑事司法制度における人種差別や「麻薬との戦争」による過剰な重罰化といった問題に正面から向き合ったのは立派。次の選挙で知事に立候補する準備を進めており(のちに当選)、政治的なリスクから釈放に否定的だったジョッシュ・シャピーロ司法長官に対して「釈放を妨害するなら自分も知事選挙に出る」と脅したほど。
2016年には上院議員選挙に立候補するも予備選挙で落選するが、2022年にふたたび上院議員選挙に挑戦。ペンシルヴァニア州は全国でも残り少ない「接戦州」の一つで選挙のたびに民主党が勝ったり共和党が勝ったりしており、したがってペンシルヴァニア州の上院議員選挙は全国でも最重要な激戦区。しかし立候補を表明した直後に町長時代にジョギングしていた黒人男性を銃乱射犯と誤解して銃を突きつけたという過去の報道が蒸し返され、仲間だと思っていた民主党の政治家たちが政治的な反発を恐れて擁護してくれないことに傷つき、また全国的に注目されていたために多額の選挙資金が投下され著者に対する攻撃も激化するなか、ストレスを抱え込んでいく。
大事なときに弱みを見せてはいけないと体の不調を無視していた著者は、脳卒中を起こしスタッフやパートナーに半ば無理やり入院させられる。その後の回復は順調だったものの音声の聞き取りに障害をかかえ、音声を文字起こしするタブレットを使ってなんとか会話ができる状態。共和党の候補となったのはテレビでトークショーを持ちでさまざまな怪しいサプリメントや代替医療を宣伝することで知られる医師のメーメット・オズ(のちにトランプ政権で重用されてますよもちろん)で、自身の資産を投入して著者への攻撃を激化させる。専門家による同時文字起こしを使えばディベートに耐えられると判断して著者は公開討論会への参加を受け入れるが、実際に行ってみると専門家は都合がつかず、言語に不安をかかえたまま討論に参加する。
その討論会では、最初に「こんばんは、みなさん」と言うつもりで「おやすみなさい」と言ってしまったり、意味の通らないことをぶつぶつ発言してしまうなど、公開討論会の歴史に残る最悪のパフォーマンスと呼ばれるほどの失態を晒してしまう。脳卒中の後遺症で言葉がうまくかわせなくなっているだけで、きちんとした器具や助けがあれば十分に議員としての仕事はできると主張したが、ネットでは知能障害(のもっと酷い差別的な言い方)だと著者を馬鹿にする動画が拡散された。脳卒中の後遺症を実際に経験した人や家族にそういう人がいる人たちからは、よく脳卒中の後遺症を隠さず出てくれた、と共感の声もあがったが、激化する選挙戦のなか悪意ある個人攻撃が続き、著者はさらに深刻なうつに悩まされるようになる。
せっかく当選してもワシントンDCに行く気が起きず、現地で滞在するときのために契約したアパートに家具を入れることすら嫌気が指した著者。脳卒中の後遺症も続き自信を失うなか、日々の食事にも手が出なくなった著者は、家族や周囲によりウォルター・リード陸軍病院への入院を勧められる。脳卒中の後遺症や心臓の観察が名目だが、著者はニュースからも政治からも遠ざかり、数週間にわたって入院したことでようやく生きる気力を取り戻す。自身が上院議員だったからロイド・オースティン国防長官に便宜を図ってもらい陸軍病院で最高の治療を受けることができたことに感謝しつつ、うつ病の苦しさとともにそこからの回復は可能だとして、すべての人が同じような医療を受けられるべきだという著者の訴えは響く。
クィアやトランスジェンダーの人たちに対する攻撃が続き民主党の政治家たちの一部もトランスジェンダーの人たちを切り捨てようとするなか、正面からクィアやトランスジェンダーの権利を擁護している著者の姿勢は、世界中を敵に回してしまったかのように思い込んで苦しんだ著者ならでは。いっぽう著者は民主党のなかでも最もイスラエルに好意的な政治家の一人とされており、トランプ政権との対話に積極的な姿勢やFOX Newsへの頻繁な出演とあわせて左派から批判されている。移民問題についても著者は「党内には国境解放を支持する人がいるが同意できない」と書いていて、実際に民主党で国境解放を掲げている人なんてほとんどいないのに何言ってんの、そういう問題じゃないでしょ?と思ったりも。しかしまあイスラエル擁護というかイスラエルのガザでの行いの矮小化を批判するのは正しいけど、一部で言われているみたいにそれをかれのメンタルヘルスと結びつけるのは良くないとおもう。