
Joseph A. Michelli著「All Business Is Personal: One Medical’s Human-Centered, Technology-Powered Approach to Customer Engagement」
スターバックスやAirBnBなどについて出版してきたビジネス本の著者が、テクノロジーを通して医療を改善するとうたう新興企業ワン・メディカルについて(というか、それを通してビジネスの教訓を)語る本。まあ普通ならビジネス本に興味はないのだけど、ワン・メディカルはアマゾンによって買収され、アマゾンが進める医療分野への進出の一部となっているのでそっち方面から気になり読んだ。
ワン・メディカルは定額サブスクリプション制のプライマリーケア・クリニックとしてサンフランシスコで創業。プライマリーケアとはアメリカの医療において患者を最初に診る医者で、簡単な疾患や外傷なら治療し、より専門的な診断や治療が必要ならほかのところに紹介する役割を持つ。アメリカの医療制度はアホみたいに効率が悪く、予約を入れていた時間に行っても無駄に待たされる、同じ質問を何度もされる、医者がまともに時間を取ってくれない、定型的な書類を埋めるために大勢の人員が雇われている、といった問題が多いので、テクノロジーを導入して合理化すれば改善できる、というのはまあありえるかなと思う一方、テクノロジーに親和的で比較的健康なベイエリアの若手エンジニアやプロフェッショナルを主なターゲットとしたから成り立つという気もする。医療市場のおいしいところだけつまみ食いすればそりゃ儲かるだろうけど、医療制度全体の効率化には結びつかないような。
そしてそれがアマゾンに買収されると、また別の問題が生じてくる。著者はアマゾンもワン・メディカルもテクノロジーを通して顧客の利益を最大化する会社であるとまとめているけど、売り手と買い手の双方をプラットフォームで独占した結果アマゾンが最近どれだけメタクソ化してるか知らんのか?アマゾン傘下になったワン・メディカルはまだ独占的な地位を築けてはいないのでそこまでメタクソ化してはいないんだけど、プライム会員のシステムと結びつけて不正競争行為に手を出してる。医者との契約関係がどうなってるのか分からないけど、もし既にそうなっていないならいずれプラットフォームを通したギグ・エコノミー的な労働形態になりそう。
いちおう著者は、アマゾンに対して患者のプライバシーが大丈夫なのか、という問題を挙げており(というか医療ベンチャーって大半は潰れるかエグジットしてどこかにデータごと買収されるんだから、そんなのに自分の医療データ預けちゃダメでしょ)、また従業員のなかには患者よりテクノロジーに比重が置かれているアマゾンを嫌って離職した人もいることを紹介しているけれども、アマゾンが独占的プラットフォームであることの危険については一切触れられていない。ワン・メディカルはアマゾンが買収した企業の中では珍しく顧客の生の身体に関わる事業だから今後も独自性を保つみたいな期待が著者にはあるみたいなんだけど、アマゾンの倉庫やデリバリートラックで働いている生の身体を持った労働者の扱いを見てればそんなのがアマゾンの枷にならないことはわかりそうなものなんだけど。