
Hiroshi Motomura著「Borders and Belonging: Toward a Fair Immigration Policy」
移民政策の専門家であり自身も日本で生まれ両親に連れられて三歳のときにアメリカに移住した法学者が、移民制度の公正なあり方について考えるためのアプローチ、著者の言うところの「現実的な理想主義」を論じる本。
本書は章ごとに、どうして国境は存在するのか、誰がその国の一員として認められるべきか、居住許可を持たない移民はどう扱われるべきか、移民の規制はどう行われるべきか、迫害や戦争・環境破壊などによって移住を強いられる人たちをどう救済するか、といった課題を提示し、それらに対して公正なアプローチを論じていく。具体的な政策の内容については議論の余地がありうると認めつつ、著者は「人道」と「所属」という二つの原則を訴える。
人道的な原則というのは、どのような移民政策が取られるとしても、最低限の人道的な基準は守られなければいけないというもの。たとえば国境で拘束された移民の家族を離散させ親と子どもを引き離すような施策や、武装された壁をめぐらせたり国境地帯の砂漠にボランティアが設置した給水ステーションを破壊して移民を死に追いやろうとするような行為、あるいは移民収容所における非人道的な環境や長期間に及ぶ拘束や、あえて移民を不安定な立場に置くことで労働搾取や強制労働を引き起こすような仕組みなどは禁止されなければいけない。いっぽう所属の原則というのは、ある人の居住資格を判断するにあたってその人がその国に持つ家族やコミュニティ・職場などに持つ繋がりを重視すべきだという考え方で、先祖代々現在のカリフォルニアやテキサスなどかつてメキシコ領だったアメリカ南西部を行き来していたメキシコ人たちが持つ歴史的な繋がりもそれに含まれる。
アメリカでは1996年の移民法改正により当時すでにアメリカに長期間滞在していた非正規移民に合法化の機会が与えられたと同時に、それ以降に入国する非正規移民の扱いが厳しくなった。それでもふたたび移民が増えアメリカに根付き社会にも経済にも欠かせない存在となったためふたたび一定の範囲内の合法化と将来の厳格化を行おうとする議論が2010年代にはあったけれど、こうした政策はその場しのぎにしかならず、非人道的な対応だけが残ると著者は指摘する。必要なのは、人道と所属に基づいた現実的な移民政策を実現することで、アメリカ社会と深い繋がりを持つ人が排除されず正規の手段で居住権や市民権を得られるようにすることだ。また著者はここで言う「アメリカ社会」にアメリカ国内の多様なコミュニティを含めており、メキシコ系アメリカ人のコミュニティであれ中国系アメリカ人のコミュニティであれアメリカ国内のコミュニティと深く繋がる人たちはアメリカ社会に所属していると判断されるべきだとして、白人主流社会への同化を求める考えを厳しく批判する。
いっぽう著者は、過去の著作で移民のことを「将来のアメリカ人」として扱っていたことについて、移住してくる人のなかにはやむを得ない理由で故郷を捨てざるを得なかった人も少なくなく、かれらは将来的に故郷に戻りたいと思っている、として考え直し、市民権を持たずともアメリカ社会に繋がりを持ち居住できるようにすべきだと訴える。また、移民の子どもの世代を含め二重国籍は積極的に認めていくことで、移民たちのアメリカ社会との繋がりをさらに深めることができると言う。法律上作られる、歓迎される「難民」とそれ以外の「移民」の区別は政治的に決定される恣意的なものであり、排除の口実としてはいけない。そもそもアメリカの歴史は、主流社会が自分たちより劣っていると看做した移民の流入に反発し、しかし次第にそうした移民たちがアメリカ社会に受け入れられまた別の人種や民族や宗教の移民が叩かれる、ということの繰り返しで、そろそろ移民迫害に対する揺り戻しが来てもおかしくないところ。
非正規移民は法を破っている、そんなやつらは認められない、という主張は一見正しいが、現実には法制度はすべての逸脱行為を処罰するようにできていない。これまでアメリカの歴代政権は(実態はともかく)平和に暮らしている移民ではなく暴力犯罪を犯すなど社会に対して危険な移民を中心に排除している、という建て前を掲げてきており、オバマ政権で導入された、子どものころ親に連れられて入国し非正規移民になってしまった人たちへの救済策はそうした考えに基づくものだけれど、第二次トランプ政権は優先順位など付けず全ての非正規移民を排除する、と言っている。しかし現実に全ての非正規移民を排除するにはどれだけ予算があっても足りず、政府が一定の透明性のある基準を掲げるかわりに、不透明で恣意的な––たとえば人種や言語を基準としたり、民主党支持者が多い州や都市を標的とするといった––排除が行われてしまっている。
著者は社会の安定維持という点から国境管理の必要性を認めており、国境解放論者ではないし移民の規制を全面的に否定するわけでもない。移民は全体としてはアメリカ社会の豊かさに貢献しているとはいえ、職や住居や社会サービスをめぐってかれらと直接競合する貧困層が感じる不安や反発にも配慮と利益の分配が必要だという。わたしも最初は「現実的な理想主義」という言葉に「口先だけバランスの取れた非現実的なことを言うんじゃないか」という不信感があったのだけれど、まあ政治的に非現実的だということを除くと、思ってたよりずっと真っ当な内容。現状の無茶苦茶すぎる移民迫害を批判するのに理屈はいらないけど、その後よりマシな政権が出来たときに備えた理論武装のため読まれてほしい本。