Jennifer C. Nash著「How We Write Now: Living with Black Feminist Theory」
ブラックフェミニズムの理論家である著者が、アルツハイマー症が進行する母の記憶や関係性の喪失に直面しつつ、ブラックフェミニズムの伝統における喪失の政治を黒人女性、とくに奴隷制や警察による殺害などによって子どもを失う母親たちが書いた自叙伝や公開書簡などの美しい言葉から読み解き、自らの経験を映し出そうとする本。
本書はこれまで「Black Feminism Reimagined: After Intersectionality」などの著書で知られる理論家として自らの個人的な経験や事情を論文や著書のなかであまり書かないようにしてきた著者が、はじめて自らが直面している喪失について正面から取り上げ、ブラックフェミニズムの伝統のなかから絶望 despair の先にある再生する希望 respair––これは15世紀以来使用例がほぼ記録されていない死語だったが、2020年の終わりに当時の時勢にマッチする言葉として注目された––を探ろうとする異色の作品。読書好きで著者とも本についての会話をよくしていた母が、もはや著者の本を読むことすらできなくなるなか、新たな関係性を築こうとする著者の試みが記されている。
ブラックフェミニズムを生きるとはどういうことか、そこで語られる美しい言語と母親の喪失が今を生きる黒人女性たちにどう再び希望を与えることができるのか、短いながらに考えさせられる本だった。