Jasmin Graham著「Sharks Don’t Sink: Adventures of a Rogue Shark Scientist」
海洋生物学者を目指して進学しサメの研究に関わったけれども、日常的な人種差別や性差別に加え、分野の大部分を占める白人男性たちに研究データを奪われて勝手に利用されるなどの経験を経て自身のメンタルヘルスを優先するために大学での就職を断念した黒人女性が、ソーシャルメディアを通して知り合った三人の黒人女性のサメ研究者たちとともに学生や若い研究者たちがサメ研究に携わるのを支援する団体を設立し、独立研究者として望んでいたサメ研究を続ける話。
著者が大学での研究を断念したのは、コロナウイルス・パンデミックが広がる少し前。その年の5月末、ニューヨークの公園で規則に違反して犬のリードを外して走らせていた白人女性がそのことを注意してきたバードウォッチャーの黒人男性のクリスチャン・クーパーさん(「Better Living Through Birding: Notes from a Black Man in the Natural World」著者)に逆ギレし、「黒人男性に脅されている、いますぐ来てくれ」と警察に通報した事件があったが、その際ツイッターでは自然を楽しむ黒人たちによるハッシュタグが広まった。著者が自分のほかにもサメ研究に関わっている黒人女性がいると知ったのはそのハッシュタグを通してだった。
ニューヨークでクーパー氏に対する不当な通報が起きた同日、ミネアポリスでは黒人男性ジョージ・フロイド氏が警察によって殺害されたが、それをきっかけにブラック・ライヴズ・マターの運動が全国で爆発的に広まったことで、著者ら四人の黒人女性サメ研究者たちは注目を集めることに成功し、海洋生物学に興味がある黒人やその他のマイノリティの若者たちがサメ研究の一線に参加する経験を体験できるプログラムを開始する。サメは映画「ジョーズ」に象徴されるように獰猛な捕食者と思われがちだが、実際のところ臆病な種がほとんどで、サメによって殺される人はごく少数であるのに対し、人間によるスポーツハンティングやYouTuberの動画コンテンツとして不必要に殺されるサメや、違法なフカヒレ漁や人間が起こした環境破壊によって殺されるサメのほうが圧倒的に多い。ただそこに存在するだけで脅威だと見なされ、周囲の安心のために殺されるサメは、ある意味アメリカにおいて黒人が置かれている状況と似ていなくもない。
アカデミアにおける人種差別や性差別に唖然としつつも、こんな形で大学を離れても研究に関わっている人もいるのか、という事実を知ることができて良かった。また著者の父は昔からの伝統的な方法を受け継いだ漁師であり、海洋生物を保護しようとする研究者のあいだでは漁師を敵視する人も少なくないなか、著者は父の話を聞き取り、また父を含めた地元の黒人漁師たちがどのように海洋資源を保護し自然と共存してきたかという論文を共著するなどの活動もしており、こちらもとても興味深い。
あと関係ないけど、著者はZuleikha MahmoodさんとLeah Lakshmi Piepzna-Samarasinhaさん(「The Future Is Disabled: Prophecies, Love Notes and Mourning Songs」著者)が2008年に発表した「Femme Shark Manifesto」のことは知ってるのかな?と思った。著者を含めた4人の黒人女性サメ研究者の関係性ってまさにフェム・シャークじゃん!って思うんだけど。