James Muldoon, Mark Graham, & Callum Cant著「Feeding the Machine: The Hidden Human Labor Powering A.I.」
人工知能(AI)の開発に不可欠な労働に従事している世界中に散らばったデータ労働者たちの経験に注目し、AI開発をリードする大資本に労働者たちが対抗するための手段を考察する本。著者はオックスフォード大学インターネット研究所の人たち。
AIの開発においては、システムを構築するプログラマやその他のエンジニアたちのほかにも、AIが学習するためのデータを生産し、あるいはAIが生んだ結果を確認しフィードバックを与えるための労働力が不可欠。そうした労働の多くはアマゾンのメカニカル・タークをはじめとするマイクロワーク・プラットフォームや複雑な下請けの構図を通してアフリカなど途上国に外注されており、シリコンバレーの本社でエンジニアが得られているような高待遇からは程遠い条件で酷使されている。しかしそれらの地域の多くでは他に良い仕事も少なく、仕事を求める人は大勢いるため、労働力を安く買い叩くことが可能な状況。現地の政府が対応しようにも、賃金が上昇したり労働条件が改善すればまた別の地域に職が流れるだけなのでそうもいかない。また、ソーシャルメディアのコンテンツチェックなど、見るに絶えない画像や動画を1日中見せられて精神的な負担を重ねる労働者もたくさんいる。
これらの労働は、AIが便利に機能するためには必須であるにもかかわらず、シリコンバレーで動かされる巨額の投資とは切り離され、いつでも取り替え可能な部品のように扱われている。アフリカ大陸データ労働者組合が結成されたようにこうした状況への抵抗も起きているが、実際にかれらは市場の論理において取り替え可能であり困難を極める。いっぽうシリコンバレーでは自分たちの待遇を向上せよというのではなく、自分たちが開発している技術を軍事用途に使わせるなとか、途上国の労働者を酷使するなというような、高給のエンジニアたちによる政治的な主張や他国の労働者たちに連帯する動きも見られており、かれらの運動は実際に経営陣の決定に影響を及ぼしうるが、そうした働きかけを恒久的に続けることができるほど労働者のあいだの連帯は強力ではない。
労働運動が成功するには、かつてカリフォルニア大学の学生運動で活躍した活動家マリオ・サヴィオが言ったように「機械のギアやホイールに、レバーやその他の部品にわが身を挺して止めなければならない」。アフリカのデータ労働者もシリコンバレーのエンジニアもどちらも経営者にとっては必要だが、前者より後者のほうが経営陣に影響を与える力があるのは、データ労働者はいつでも解雇して新しい人を雇用できるのに対して、シリコンバレーではエンジニアは、とくにAI開発ができるエンジニアは慢性的に不足していて、かれらに辞められると経営者が非常に困るからだ。労働運動は国際的な連帯を深めるとともに、経営者にとっての弱点となるようなボトルネックを探し出し、そこに攻撃を集中しなければいけない。
本書がよくあるAI関連本より優れているのは、労働運動の歴史のなかから経営者の弱点をうまくついて最小の努力とリスクで最大の結果をもたらした例を探し出してきて、それをAIに関わる労働者たちがどう利用できるか論じているところ。たとえばフライトアテンダント組合が悪質な契約交渉遅延を行ったアラスカ航空に対して1993年に実施したCHAOS戦略は、事前に通告せずに特定の便のフライトアテンダントがストライキを行うことで、次にどの便でストライキが起きるか分からないから経営者側は代替人員を用意しておくこともできず、乗客もいつストライキになるか分からないからその航空会社の全フライトを避けるようになるなど、最小限のストライキで経営者に強力な打撃を与え、その後別の航空会社はCHAOS戦略を恐れて交渉に積極的にのぞむようになったほど。いつものことだけどフライトアテンダント組合カッコいい。
AI開発にはハードウェアの設計・調達や設置にとてつもない金額がかかるので、グーグルやマイクロソフト(が投資しているOpenAI)など少数の巨大テクノロジー企業による独占が進んでいる。これはそれらの企業の影響力という点では問題があるが、アジアやアフリカで下請けをしている小さな業者に作業を発注しているのは結局それら大手のどれかなので、発注元に一定の労働条件を維持するよう義務付け、それを監視するような活動は有効。それらの企業は一般消費者を相手にした商売を行っているのでメディアの報道による評判への影響も受ける。強大な力を持っているように見える大手テクノロジー企業のどこが弱点なのかしっかり見据えて戦略的に戦っていくという本書の主張は明快で、参考になる。