Jacinda Ardern著「A Different Kind of Power: A Memoir」

A Different Kind of Power

Jacinda Ardern著「A Different Kind of Power: A Memoir

37歳の若さでニュージーランドの首相に就任し、クライストチャーチのモスクで起きた銃乱射事件やコロナウイルス・パンデミックに揺れた政府を率いたジャシンダ・アーダーン元首相の自伝。生い立ちから2023年に首相を辞任するまでが描かれる。

序盤はごく平凡なミドルクラスの白人家庭の話。警察官である父親はワーキング・クラスであることを自負していて娘にも労組に守られた職に就くよう言って育てていたという話だけれど、労働党の選挙運動でボランティアしたらあっさりと政治家のもとでインターンシップやスタッフをしたと思ったら、ロンドンにわたってトニー・ブレアの事務所に潜り込んだりしてたら、2008年の総選挙で「若い女性を比例代表名簿に載せたいから名前だけ貸して」と言われて軽い気持ちで立候補。ところが比例代表名簿で思っていたより上位に載せられて当選がほぼ確実と分かり、「え、自分って国会議員になるのマジ?」って慌ててニュージーランドに戻ってきて選挙活動をする。

彼女が一度目の当選から首相になるまでの道筋もあっけない。2017年にオークランドのリベラルな選挙区に空席が生じたので比例代表から鞍替え立候補して当選すると、当時人気が絶望的になかった労働党党首が辞任。新たに党首となった議員が人気取りに著者を副党首にしたけれど、その新しい党首もやはり支持を集めることができず、労働党が二大政党の地位から陥落するのではと言われるほど大敗しそうになり辞任。総選挙から2ヶ月もないタイミングで著者がいきなり党首になったところ、労働党の人気が急上昇して、もう一つの二大政党である国民党には届かないけれど十分に政権を争える議席を獲得し、緑の党とニュージーランド第一党と連立して政権奪取に成功。もちろん若い女性だからと年上の男性政治家にバカにされたりメディアにひどい扱いを受けたりするエピソードはあるのだけれど、若い女性であることが彼女の場合うまくはまってチャンスを掴んだように思える。

著者の在任中は大規模な火山の噴火にはじまり、オーストラリア人の白人至上主義者がクライストチャーチにあるモスクで銃を乱射し51人を殺害した事件が起きたり、コロナウイルス・パンデミックが起きたりと困難が起きたが、モスクにおける銃乱射事件の際は軍最高指揮官ならぬ「最高追悼官」と呼ばれるほど遺族やムスリムコミュニティだけでなく国をあげての追悼を行っただけでなく、事件から一週間もたたないうちに銃規制法案を成立させ、また経済が外国人観光客からの収入に依存しているにも関わらずコロナウイルス・パンデミックの初期に徹底したロックダウン政策を取り、ワクチンが開発されてからは他国より高いワクチン接種率を達成したことで、COVIDによる犠牲者を最小限に押さえて乗り切った。首相になるまでの彼女の経歴を見るかぎり、重大な危機に対する備えがあると思える経験を持っていたとはとても思えないけれど、「まともな人間であること」が何より彼女の一番の才能だったように見える。首相を退任した彼女がある学校を訪れて「政治家についてどういうイメージを持っていますか?」と子どもたちに質問したところ、以前の「年寄り」「偉そう」という回答ではなく「親切な人」という答えがあった、というエピソードが象徴的。

モルモン教徒として育てられた著者が議員のスタッフとして働いているうちに性労働の非犯罪化を目指すセックスワーカーや同性婚の実現を求めるLGBT活動家らの話を聞いてモルモン教の教えに疑問を抱き決別する話や、在任中の政府の長として出産する世界で二人目になったり、世界ではじめて副首相を首相代行にして産休を取った指導者になったりという話もおもしろいし、中道右派ポピュリズムと目されるニュージーランド第一党と連立する際に他の政策では協議するが移民排斥だけは認めないと言い放ったり、富裕層に対する課税強化となるキャピタルゲイン税の導入を目指したりと政策的な部分でも筋が通っている。で、どうしたらこんなすごい若い女性の政治家が出てくるんだろう、どういう環境が必要なんだろう、と思ったのだけれど、かなりの部分は階級的なアドバンテージと強運の結果だと分かり、これは参考にならない、他国で真似しようがないわと。まあ彼女のような人がいたこと自体は、わたしたちに希望を抱かせてくれる。